年末に思う

ずいぶん日記を書いてなかった。
 facebook は連日投稿してて、細かい情報はそっちにせっせとあげていた。
 やってる方は、ぜひそちらも繋がって下さい。

 目下、劇団は『歓喜の歌』の東北ツアー中。
 一方で、私は来春にわらび座で開ける『ジパング青春記』という作品にとりかかっている。
 
 この間怒涛の如くやって来た『郵便屋さんちょっと』と『歓喜の歌』についても語らなきゃいけないことがいろいろあったが、もう頭は切り替わってる。
 今は、この作品で頭がいっぱい。
 もっともこれについて語りだすと、かなりマジになるので、これから小出しにしていく。
 
 個人的には、この作品作りは、ちょっとしびれる勝負になると思ってる。
 たぶん生涯何度かしか出会うことのない、大ネタと出会った。
 とだけ、今は言っておこう。

 これをどう仕上げるか、勝負だ。
 
 ところでもうひとつ秋以降私が取り組んでいたこと。

 Maxとの最終決着。

 パチンコの話である。ギャンブル性の最も高い機種をMaxというのであるが、これが今年になって、突然規制されて、年内にすべてのホールから撤去されることになった。

 なんで?突然?というタイミングで、裏に何か国家的事情があるのは見え見えなんだが、
 ともかく、一か八かの大ばくち台が、間もなく消えていくのである。
 
 このMax、バカ当たりすると、一撃で3、40マソ になるというものなのだった。
 以前劇団に客演してくれた某無頼派俳優は、稽古帰りに『ウルトラマンMax』で25マソ かっぱいだと、ドル箱が富士山のようになった光景を撮った写メを見せびらかしてくれたものよ。
 
 いつか俺もと、心に固く誓った。


 しかしMaxは、当然のこと手強くて、恐ろしさもMaxで、勝負は大きいが、遊べない台なので
 私はたいていもう少し穏やかな敵=ミドルと戦っていたのだった。

 それが突然、Maxが消えるというので、消える前に倒さなきゃと思ったのである。
 私は、最高の勝ちでも20マソに届いたことがなかったのだ。
 で、今年は折々に思い出作りに挑戦したのだが


 しかし諸君ね、

 Max消えないうちに勝負して、三十万ぐらいの記録出しておこうか。

 そんな考えが通用するほど、世の中は甘くないよ。
 当然、Maxの力を思い知り

 覚えておけよ!

 と決まり文句で店から退散することが続いている。
 まあ、まだ今年はあるので、諦めちゃいないがな。

 さてそんな状況下で聞こえて来た、カジノ法案問題である。

 反対派は、依存症を心配している、というけれど。
 
 これほど上滑りな議論がかつてあったかね。
 まだないカジノをどうこういう前に、今あるものはどうなるんだ?
 そこは心配しないのか?


 あまりにバカバカしいから、パチンコ業界との関係も疑いたくなるよ、そりゃ。 
 

 その審議の様子が、パチンコ屋の店内のテレビで映されていたのも、あまりにシュールな光景だった。

 以前、質問で安倍総理は『パチンコはギャンブルじゃありません』と答弁したようだが。
 じゃあ、何が俺たちの諭吉を飲み込んでいってるんだーーーーー

 ちなみに六角精児は、反対派である。
 表向きは『僕のような依存症を生む危険が大きすぎる』という理屈で。
 この言葉が、なななななな何と、かの天声人語にも引用されたのである。

 しかしこのページの賢明な読者にだけは伝えておこう。
 カジノが出来たら、真っ先に行くのは六角だ。


 六角はカジノが出来たら困るパチンコ業界と、何か裏取引して、こんなことを言っているに違いないと私は見ている。
 実はその証拠もある。

 私のfacebookにその証拠写真がある。アカウント持ってない人は、お友達にでも見せて貰って。
 kensuke yokouchi で検索すると私のページが出てきて、問題の写真が少し前の投稿で載っているから。

 六角が誰もいない東北のホールで、ただ一人、台を打ってて、ドル箱を積んでいる姿。

 不気味なほど、お客のいないホールで
 そこでただひとり、打って、当たりを出しているのである。

 こんなこと、マトモじゃないでしょ。
  金持ちの旅人ですよ。
 おそらくもう二度と遊びに来ない。
 しかも、今の彼は多少スッても痛くもかゆくもないのです。
 
 不良在庫となりかかっていた、六角バンドCDまで、このツアーの物販コーナーでバカ売れしてるんだ。

 そんな人間に、わざわざ出さなくてもいいんだ。
 カモにしないで、どうすんだ、みちのくのパチンコ屋!
 台の不正操作しても、ここは手ひどくカッはいで、ボウズにすべきなんだ、パチンコ屋としては。

 なのに、ドル箱プレゼント……
 しかも六角は、この前の町でも、ひとり勝っていたという。 

 パチンコ業界との癒着を裏付ける決定的な証拠である。



 


 台本書くためパソコンに向かったけど……
 進まなくて、また逃避している私。
 がんばれ。


ここを目標にしたことはない

 世界的な記録を達成しながら、ここを目標にしたことはないから、ピンと来ないと、天才イチローは涼し気に言った。
 カッコ良いねえ。クールだねえ。

 常に暑苦しい浪花節の私は、いつもいつも明日が精一杯の目標だから、何の記録も作ってないのに、すでにクタクタである。
 
 で明日、新作の初日。
 
 久しぶりに、かなりしびれている。
 いろんな期待にしっかり応えなくちゃいけないという思いが、今回はことさらに強いから。

 どう転ぶか分からない新作創りにも、文化庁のような援助をして下さった、
 幻冬舎・見城徹社長のそのお気持ちに、なんとしても120パーセント応えたいし、
 つか版忠臣蔵を見て、今回の第2弾を楽しみにして下さっている、少なからぬお客様たちのご期待にも、ぜひ想定の斜め上を行く、感じでお応えしたい。

 斜め上を行く、という言葉。
 スーパー歌舞伎Ⅱ・ワンピース の時、いろんな評価のなかで書かれていたもので、
 すっごく気持ちの良い、言葉だった。
 常に斜め上を行きたいものだ。

 もっとも、ワンピースも前評判はかなり低いモノだったから、斜め上も比較的、楽であったわけで、
 つか版忠臣蔵 がウケたから、もういちょう、という今回の斜め上は、決して簡単じゃない。それが分かってるから、ことさら苦労もしたのだ。
 
 ま、あとは潔く、御覧になる皆様の感想に委ねよう。
 やれるだけのことは、全部やった。
 それは言いきれる。
 『郵便屋さんちょっと』を、こんなふうにやってごらん。
 すっげー大変だから。
 てか、まあ、こんなこと誰もやらんだろうが。

 にしてもつくづく思ったのは、シェイクスピアはとてつもなく偉い作家だなあ、ということ。

 見城さんから、特に強いプレッシャーがあった訳ではない。
 横内の思うように作品を作ればよいのだ、と全面的に、私のことを信じてサポートして下さっている。
 だからこそ、何としても、喜ばせたい、という気持ちも強まるのであるが、
 その責任の重さに、時に、ビビルし震えは来るよ、やっぱりな。
 
 でもシェイクスピアという人は、かのエリザベス女王とかから、サポートされて、お前、フォルスタッフ(シェイクスピアの生んだ人気キャラ)を主役にして一本書きなさい、と命じられて
 それで傑作を、書き残したと言われているのだからねえ。

 相手は女王なんだから、怖くないはずがないだろ。
 彼は、少しもビビらなかったのかね。
 でもそのプレッシャーの中で、ちゃんと結果を出してゆくわけだ。

 それはもはやイチローの境地だね。
 そんな能力が私も欲しい……
 どこかに売ってないか、人の期待に立派に答える能力を得る、コタコタの実、みたいな悪魔の実。

 まあな、イチローやシェイクスピアと重ねて己を論じようとする、その姿勢がもう、不遜の極みであり、誤った考えだろう。
 能力者ではない凡人はただ、苦しんでのた打ち回って、明日の日を、人生最大の目標として全身全霊で挑んで、どんな手を使っても乗り越えてみせるのみ。
 
 明日から、そんな俺的頂上決戦の日々。
  
 応援よろしく!

 ☆土日の、厚木公演は当日券あり。
 高円寺公演は、残席が少なくなってます。ご検討中の方、ご予約はお早めに。
 どうかお見逃しなきように。  
 

  
  
  

   
 
   
 
 
 
   







再演職人 山中崇史と

 郵便屋さんちょっと 2016 の公開が近づいて来た。

 ゴールデンウィークあたり、わらび座の『げんない』の新版稽古の為に、角館に逗留している頃
 PCも携帯して、上演台本と格闘していた。

 ほぼ40年前、つかこうへい氏、24歳の作品。今この時、扉座作品として上演するには、脚色がかなり必要であった。
 で、わらび座の稽古をしつつ、まだ夜の明けぬ早朝に起きたりして、何とか稽古に間に合わせようと、執筆していたのであった。

 この頃は死ぬかと思った。実際に、この時、フェイスブックに載せた、自撮り写真の顔色が悪すぎると、いろんな人に心配された。
 確かに、紫色になっている。
 そもそも頑張って睡眠を削ってた上に、ところどころ行き詰まりもあったりして
 ちゃんとした睡眠がとれなくなっていた。
 寝言でセリフ言ってるのが、自分でも分かったりして。

 これがイチからの創作なら、いろんな打開策もあるんだけど、
 つかこうへい的じゃないと、やる意味がなくなるし、さりとていろんな要素を組み合わせないと、膨らんでいかないし。
 悩みは果てなく続いていた。

 あの時は、このまま奥羽の山深く消えて
 蒸発出来たら、どんなに楽だろうか、と思ったぜ。
 歴史的大仕事の『ワンピース』をやり遂げて、心から一息つきたい時期なのに、何だって、この上にまた、難しい大冒険に出なきゃイカンのか俺は、と……

 見城さんのアドバイス通り、新作になど挑まず、つか版の再演にしとけばヨカッタと思った。
 連続安打は、一本のまぐれホームランよりも難しいものだ。

 もっとも、そんな苦しみも、もう過去のこと。
 諸君、明けない夜はないよ。

 今、その苦しみの果てに生まれた台本で、ちゃんと通し稽古が出来ている。
 しかも、ちゃんと面白くなりそうな感じがしている。

 つか版忠臣蔵の堂々たる二番煎じでありながら、新味の別物になっている、と思う。

 別物感の大きな理由のひとつは、崇史と、新鋭たちの登場である。
 今回は、新しい団員を抜擢した。
 砂田桃子なんて、研究所出て3年ぐらいの子が、大役を担ったりしている。その成果は、お客様に定めて頂くとして、
 常に新たな力が現れて、劇団の歴史を塗り替えて行くと言うのが、わが扉座の伝統であり、それが出来ているうちは、劇団を続ける意味もあるのだろうと考えている。

 年寄りの仲良し同窓会にしてしまうには、劇団維持というものは苦労が多すぎるんだ。つかこうへいが、かつて言ったように『前進か死か』しか、道はないのである。

 思えば、つかさんは、常に真っさらな新人たちと格闘していた。堅実派の私には、とてもそんな芸当は出来ないが、
 停滞するぐらいなら、本気でやめようという気概ぐらいはあるのである。
 ま、そもそも真に堅実派の人間が、芝居なんか、しかも劇団でやり続けるはずがないのではある。
 我もまた、紛れもなき、無謀なる愚か者である。

 そして崇史くんである。
 ななななんと、扉座の新作出演は、9年ぶりなんだって!
 そんなの劇団員と言えるかね。

 いやいや時々、出てたよ、と思うけど、
 『百鬼丸』『アトムへの伝言』『いとしの儚』
 すべて再演だったんだって。
 新作は私の祖母が亡くなった時に、捧げて書いた『ご長寿ねばねばランド』以来なんだってよ。
 あの時の崇史は、ケッタいなホテル経営の九十歳のジジイ役で、
 ほぼ私のオヤジ・横内正純の真似をして、気楽に身内を笑かしてただけだった。

 今回は、約二万語のセリフを、速射砲のように吐き続けなくてはならぬ、つか芝居の主役である。
 郵便局長役である。
 泣ける、キマル、燃える、のメインだ。

 今回そうは謳ってないけど、かつて、つかさんがよくやっていた
 山中崇史スペシャル と言うべき公演である。

 ※実はつかこうへい事務所公演で『岡森諦スペシャル・熱海殺人事件』もちゃんとあったんだよ。ホントだよ。凄いんだよ、岡森さんは。紀伊国屋ホールだったんだよ。

 しかし崇史は、つか世代ではない。
 だから、つか式にしたい時には、こんな感じと教えなきゃいけない。
 ここが、つか版忠臣蔵と大きく違う。
 山本亨さんは、何にも言わなくても、そのまんま、一級品のつか式にしてくれたからな。

 で、あーだこうだと、崇史と稽古しつつ、そもそも、つか式とは何なのか、こちらも再検証する良い機会となった。
 で、まあ、ここは崇史式の方が面白いなと、敢えてつか式を取り下げる、取捨選択をしたりして。
 
 つかこうへいの歌舞伎化なんて、意味のないものだろうから。

 ていうか、あの歌舞伎でさえ、日々進化していくのだということを、ワンピースの日々、目の前で体験してきた者としては

 今この時を生きて、何かを生み出す以上は、
 すべて、新たなクリエイトであるべきなのだと、己に言い聞かせるのである。
 素晴らしきスタイルの継承をするにしても、それをクリエイトとしなくては、つまんないじゃないか。
 
 で、つか式を、一所懸命クリエイト致しました。

 今はもう、早く、皆さんに見て頂きたいです。

 お蔭様で、座高円寺の公演は、完売間近であります。今ならまだ間に合う日もありますから、ご予約はお早めに。
 厚木公演は、土日ともに、まだ余裕ございます。
 出来れば早く観て、感想などお聞かせ頂きたいのですがね。

 ともあれ、ご期待ください!
 
  
  
 
  

  


 
 
 
  
 

 

 
    
 
  
  
 

 
  






新たな季節

 何から書けばいいのか、分からないぐらい、月日が経った。

 蜷川さんの訃報は、秋田角館で、舞台稽古中に聞いた。
 東京からのスタッフが大勢集まって、アレコレやってる最中だった。
 かなり、心配だと聞いていたので、もう覚悟は出来ていたけれど、イザその時が来ると、胸が詰まるものだ。

 私なりに少なからず思い出がある。お仕事もさせて頂いた。

 思い出すのは、初めてお会いした時のこと。
 28ぐらいの時。『きらら浮世伝』という作品の本打ちをしている時だった。

 隣の部屋で、蜷川さんのグループが、その年の瀬にやる予定の、松坂慶子さんのディナーショウというやつの打合せをしていた。 
 同じプロデューサーがやってた仕事で、打合せの合間に紹介をして貰った。

 蜷川さんは当時、すでに時代の寵児である。
 しかし、サッと立ちあがって、蜷川です、と言って下さった。

 その後、仕事などするようになって、気づいたのだが、喫茶店とかで、ウェイトレスがコーヒーとか持って来るだけで、ありがとう、と必ず仰る。

 怒鳴ったりするところばかり、広められているけれど、実に礼儀正しい紳士だった。

 あの時の蜷川さんは、五十半ばという頃か。ちょうど今の俺の歳なんだと思うと、愕然とする。こっちはそろそろ、晩年に向かうところかも、なんて気持ちでいるというのに。

 思えば、若々しくカッコ良かった。
 そして駆け出しの若者に対しても、きちんと向き合ってくれる、巨匠だった。

 遠く及ばずながら、この私も、若者を紹介された時、サッと立つ人であろう、そしてウェイトレスに、ありがとうと言う人であろうと、思う。

 三月ま終わりから、四月、五月と、スーパー歌舞伎があったり、横浜アカデミーの発表会があったり
 秋田で、わらび座全国公演『げんない』の稽古をしたり。
 いろんなことをしながらも、ずっとPCを携帯し、隙さえあれば、新作書きに没頭していた。没頭しすぎて、いろんな局面で、うわの空な気配もあったと思う。それは非常に申し訳なく、この場を以てお詫び申します。4月からは、正直、頭から、郵便屋さんがずうっと消えずに暴れておりました。

 時間がない時は、真夜中に起きて、書いてみたり、久しぶりに徹夜もやった。それで睡眠が乱れまくって、先週あたりは、まともに寝たという記憶がない。一回布団に入っても、ふと考え始めて、また書きだしたり……

 当然行く先々で、顔色がさえず、心配されていた。
 実際に、かなり苦しくて、今回は、きっちりと命削った、実感あり。
 
 『郵便屋さんちょっと2016』という、つかこうへいコラボシリーズ第2弾。

 それを何とか稽古開始予定に間にあわせ、明日から、稽古入り。
 
 今回もまた、幻冬舎・見城さんからの熱い応援もあり、つかさんの7回忌でもあり、
 どうしても、成功させたい作品である。
 
 先人たちの生きざまに、見習い。
 今この時の、芝居作りに、全身全霊をかける。
 渾身の舞台をお見せします。


 
 
 
 
  

 


  
  
  


 
  


 








そのヒゲ刈って、晒してやろうぞ!

 博多から、帰郷。
 無事にというか、良い感じで、四か月公演の最後の海に、一味は船出した。

 1日のゲネにはHKT48 のメンバー35人が駆け付けてくれた。前日にホークスタウンの常設小屋が閉館になり、ちょうど移転の準備期間。タイミングよく、多くの子たちが見に来れた。

 去年の8月、その名も博多少女歌舞伎と名乗って、彼女たちが立ったのと同じ、その博多座の舞台。
 でも、忙しい彼女たちは、ほとんど博多座の舞台というものを見たことがないという。
 ことに歌舞伎は、初体験。
 ま、今回は純正歌舞伎とは言い難いけど。

 実は彼女たちが、去年の舞台でやったことの多くは、スーパー歌舞伎の手法に基づくものだったので、どうしても見せてあげたかった。

 で、猿之助丈はじめ関係各位にお願いしたら、招いて良いとお許しが出た。
 しかも、どうせなら、前の方に座わらせてあげよう、とまで言って頂き、特等席にメンバーがずらりと並ぶことになった。

 松竹座から多少の変更点はあったけど、3か月公演を経て、もはや根幹は揺るがぬものになりつつある、舞台だから、余裕があった。
 むしろ、俳優諸氏も、この珍客を面白がってくれて、いろいろサービスしてくれた。
 ま、2幕終わりのテーマソングのシーンなんかは、無人の客席相手では、逆にやりづらいからな。こちらも、彼女たちがいてくれて助かる部分はあったのだ。

 バッタリとか、大向こうとか、
 専門用語も使った去年のHKT公演だった。開演前にしっかりレクチャーして、観客に掛け声なんかかけて貰う趣向だったのである。
 だから、彼女たちも、それらを知ってはいたわけだが、ついに
 本物の バッタリ などを目撃、体感したのだった。

 本当に、バッタリってやるんですね、って、そこからかよ! とのけぞりそうになる感想もあったけど、 
 モノはワンピースだし、原作のファンも多くいる彼女たちの食いつきは非常に良くて、笑い、驚き、泣き、心底感激してくれた様子だった。

 こんなすごい劇場で私たち、やらせて貰ったんですね、と。
 涙目で誰かが言ってくれたけど、
 
 先にこちらがあって、その後に、彼女たちの舞台があれば、もっと良かったよな。
 とはいえ、そこに気付かず終わる可能性もあった訳で、良い機会が出来てよかった。
 きっと未来の何かに繋がると、私は信じる。

 このゲネの後、彼女たちが一斉にツィッターとかで、スゴイとか、良かった!とか発言を連発してくれたので
 博多座は、どんな宣伝を始めたんだと、一部で疑いや非難の声も上がったらしいが
 そんな仕掛けはないということを、ここで申し上げておく。
 ただただ、コレを見せたかったんだ。
 芝居の面白さ、歌舞伎の凄さ、熟練の俳優たちの芸とパワー……

 彼女たちはそれを受け取り、本当に、良かった!と思ってくれたんだと思う。
 そりゃ同じライブに生きるパフォーマー同志だもの、感じ合えるに決まってる。

 で翌日は初日。
 何度もリピートしている感じのお客さんもいたけれど、何せ大きな博多座。それだけで客席が埋まるはずもなく、圧倒的に初見だという地元のお客さんが多い感じで
 反応がとても新鮮であった。
 俳優たちも、もう飽きても不思議ではない120回オーバーの芝居を、初めての舞台のように渾身の力で演じていた。
 何よりも、皆が、この舞台を楽しんでいるという気配が、客席にドンドンあふれ出してくる。
 実際、皆、楽しそうで、2幕の終わりなんか、出なくても良いはずの幹部俳優まで、必死に早替えしてアンサンブルになりすまし、舞台を走り回っている。

 で最後は、熱い熱い拍手と掛け声。

 実は、東京の時とちょっと似ていて、博多座のチケットは、日によってはまだ少し残っている。
 松竹座は、少し小ぶりな小屋なこともあって、ほぼ完売状態でスタートだったようだけど。

 けど、初日のそのすぐ後、帰り際にもう一度見たいと、新たにチケットを買うお客さんが現れたりして、急速に動き出したと聞いた。

 ほぼA席しか残ってなくて、しかも、エッと息を呑むような高額で、おいそれと知り合いや友人たちに、見に来てよとも言い難いものなんだが
 それでも、その価値がある、或いは、これでも安いと言ってくれるお客さんまでおられるようで

 心の底から感謝しつつ、ああ、この作品に出会い、携わることが出来て、私は幸せであるとしみじみ噛みしめた博多の夜であった。

 しかし後ろ髪ひかれつつ、下船。
 私は次の航海へ向かう。

 ブログのタイトルは、意味不明だと思うけど。
 そのうち明かします。