2010年09月01日(水)

明日から大阪へ

 HPの表紙にも案内が出たが、9月18日、座・高円寺で、劇作家協会のイベントが開催される。

 昼イチで、劇場を使ったワークショップというか、劇作セミナーの特別講義をやり、

 その後、マキノノゾミ氏と共同プロデュースの感じで、

 故つかこうへい 氏の 人と仕事を語り合う、座談会&リーディングをやる。

 その後、もう一本、ケラリーノ氏のプロデュースの感じで
我々より一世代下の劇作家のシンポジウムがある。

 つかさんの会は

 ゲストに 平田満さん、いのうえひでのりさん、平栗あつみさんを迎えて、あと我々と5人で語る。

 その合間に、北区つかこうへい劇団のメンバーに、作品の一部リーディングをやって頂く。

 偲ぶ会などは辞退したいと、遺言にはあったが、
 氏の仕事を語り継ぎ、志を受け継いでゆくのは、我々の責任であると思う。
 特にマキノさん、いのうえさん、私は、同時期にモロに影響を受けて、この世界の住人となった人間だ。
 たくさんご恩を受けても来た。
 
 平田満さんは、つかさんの死についてたくさんコメントを求められたが、ほとんど沈黙を貫かれたそうだ。
 でも、この会には参加して、ここで語ることで、そのすべてとしたいと、仰ってくれている。

 平栗さんには、リーディングにも加わって頂き、久しぶりに、つか節を聞かせて貰おうと思っている。

 業界以外の一般の方のご参加も大歓迎なので、ぜひ、お誘い合わせの上、ご来場頂きたい。

 さて、そして明日から、大阪に。

 たぶん夕方ぐらいからゲネプロやって、その翌朝11時には初日が開演する。

 おりしも、
 おもだか一門も、新歌舞伎座の公演で、皆、大阪にいる。
 
 暑い、熱い、大阪になるであろうよ。


 


 

 

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2010年08月30日(月)

厚木舞台アカデミー と 前田慶次

 先週は厚木に行った。
 舞台アカデミーというのがスタートしていて、その夏期レッスンに。

 小4から中2までの少年少女たち30数人に、ダンスとボーカル、そして演技のレッスンをし、
 本格的なパフォーマー、俳優を育成していこうというプロジェクトである。

 私としては、かなりマジで取り組んでいて、
 演技のレッスンは、基本人任せにせず、わしがやり続けたいと思っている。
 ダンスはラッキィ&えり先生、ボーカルは上野まり子先生という、東京のタレントスクールと比しても遜色ない、本気具合である。

 二日間、きっちりとやった。

 で感心したのだが、集まった子たちの集中力と、やる気。
 十数年前、文化会館で、初めて子供演劇塾を立ち上げた時は、ひどかった。
 まず、こちらの話を聞かない。
 何かやらせても、覇気がない。リアクションが極めて薄く鈍い。

 当時、トレーナー役でかり出されていた、犬飼など、その度にキレまくって、
 テメーら、生きてンのか、と叫び続けていたものだ。

 それが
 まるで別の世界の子供のように、目力があり、すっと立って、課題に挑む今回のメンバーたち。なかには、以前の子供塾の参加者もいるから、単に人が違うだけではない。

 我々が厚木やってきた、長い歴史の蓄積と、リバーソングなどの試みの成果。
 その手応えを感じる。

 私は、ここから、たくさんのプロの役者と、出来ることならスターを生みたいと、本気で考えている。
 もちろん、それぞれに別の道に進んだときのための、経験にもして欲しいけど。

 とにかく
 まずは日本一の子供劇団にする。
 そのためには、何よりも継続しなくては。
 そんなことを始めている。


 んで
 そんな傍ら 慶次 が進行している。

 今回は扉座メンバーも、参加している。
 犬飼、トシノリ、上土井、串間と、アトムにも出てた、元研・タッキー。

 犬飼は、愛之助さんに見事に斬られる武士などで、
 トシノリは、賀来千香子さんに、叱られる息子役。など

 皆、出番とセリフを貰って、何度も舞台に登場してくる。

 それ見てるだけでも、かなり面白い。
 東京でやらないのがいかにも無念である。

 その慶次、明日は総ざらい。
 そして大阪に移動する。
 
 小説でもマンガでも、大きな見せ場となっている
 慶次が、秀吉の前で、傾くシーン。

 実は、ここが一番心配だった。
 小説やマンガのようには、いかないんじゃないかと。

 ところがこのシーンが
 想定を大きく超えて、面白く、ドラマチックなシーンに仕上がりつつある。
 それを稽古で見て、大きく安堵した。

 歌舞伎役者にしか出来ない、痛快にして美しい 慶次の傾きぶり を愛之助さんが作り出してくれている。
 これなら、小説にもマンガにも、負けていないと思う。

 ヨカッタ。



 
  

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2010年08月23日(月)

猛暑お見舞い申し上げます

 暑いすねえ。そして何から語れば良いのか、分からないぐらい、ぐわーっと日が経ちました。

 歌舞伎のタノシミカタ は、存外の盛りあがりで終わり、涙涙の打ち上げとなりました。
 猿之助さんもご来場下さり、えにしの少年と、手を取り合うという喜びもありました。

 そして、すぐさま、歌舞伎ワークショップ。
 これまた、笑三郎さんの素晴らしい講義で、昨年以上に充実したものになりました。
 扉座部員たちが、タノシミカタ を経ての参加で、かなり歌舞伎エキスが行き渡っていたことも、大いなる進化でした。何より、皆が、歌舞伎好きになったのが、大きかったです。
 
 んで、その間にも秋田・角館にて、アトムの俳優入れ替え稽古があったり、
 MOPの解散公演を見守ったり、
 横浜で、中学生演劇の講習会で、何かしゃべったり
 安達ユージ が同時通訳で参加していた、大恐竜スペクタクル・ダイナソー を見たり、

 ここに書くべきことはいろいろあったのですが、正直、その日を乗り越えるのが精一杯で、しかも、人が死ぬほど暑い日々で、くたばりつつ、凌いでおりました。

 加えて、お知らせしなきゃイカンのは

 前田慶次 の稽古が始まっていることであります。

 先月辺り、かなり弱音を吐いていた慶次ですが、何とか稽古前までに体裁整い、脱稿とあいなり
 愛之助さんも、大阪からこちらにいらして、今、都内で、
猛稽古中であります。

 フジテレビの河毛さんとRUPの岡村俊一と、二人の演出とか、得体の知れぬ形態に見えてますが、
 まあ、そこは私とは、どちらも旧知の仲で、
 連ドラにかかってて、時間の取れない河毛さんの助っ人で、岡村君が現場を仕切って、回している状況です。

 これも、そのうち細かくご報告しますけど、

 ケッコー面白くなりそうです。
 集まった出演者が極めてバラバラの印象なんだけど、それぞれに味わい深く、そしてなぜか不思議な調和がとれていて、稽古場が実に愉快であります。
 歌舞伎ワークショップやりつつ、抜け出しては、覗きに行ったりしていたのですが、面白いので見てるうちに時間を忘れ
 つい長居してしまったりして。

 出演者それぞれ良いのですが、今回の特筆事項は角田信朗さんです。

 Kー1の、あの人ですけど、これが見た目と存在感が豪傑役にぴったりなのは当然として
 驚いたのは、初舞台という話なのに、すっげー芝居が上手なこと。
 
 チラシだけ見たら、何か色物チックな登場に取られがちだと思うけど、たぶん見たら皆、びっくりすると思う。
 清々しくありつつ色っぽい、愛之助さんと莫逆の友の、どこまでも無骨な豪傑の役だけど、このコンビ感が絶品です。

 今から、通し稽古が楽しみです。

 
 
 
 
  

 
 
 
 

 


 
 

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2010年08月07日(土)

えにしの少年

 歌舞伎のタノシミカタ 
 美浜公演は市民のがんばりの上に、笑三郎さんら、本物歌舞伎チームの本気、が炸裂し、たいした盛りあがりで終わった。

 でもまだ終わりではなく、10日には、水天宮にある日本橋公会堂に移って、残り2ステージをやる。
 今度は花道もある劇場。笑三郎スペシャルの、狐火 もさぞ、本格的な舞になることであろう。

 ところで
 この催しには6人の小学生が参加していて、かなりの部分、大人よりしっかりと歌舞伎を習い覚えて、楽しい舞台を見せてくれている。ダンス経験があったり、日舞を習っていたりして、それぞれに意識も高い、素晴らしい子供たち。
 
 そしてそのなかで、ひときわ異彩を放っているのが、高円寺から千葉の美浜まで通い通した、小五のリュウスケ君である。
 オーディションの自己紹介から「歌舞伎なら何でもいいです、とにかくやりたい」と言って現れた、少年だ。
 やらせてみたら、どれもしっかり出来る。

 あんまり面白いので、今回の舞台でも、切られ与三 なんて大人の大役のセリフを担当して貰っている。
 私は素人なので、よくわからんのだが、素人目には非の打ち所なく思えるほど。

 指導してくれた笑野さんや、猿紫さんも、感心していた。
 笑三郎さんもこれだけ出来ればいいでしょうという感じで、ダメ出しもほぼなかったのだが、
 それは
 てっきり、どこかの指導者について歌舞伎を習っているのだと、思っていたからだということで、
 日舞は習ってるけど、歌舞伎の先生なんかいないということが分かり、それならばと、かなり本気モードになって、手ほどきをしてくれた。

 それをこの少年は一発で習得する、セリフも一度聞いて、歌舞伎の微妙な音が写し取れる。
 抜群に良い耳を持っている。
 これは天才なんじゃないかと、我々は感心するばかりであった。

 んで、更に驚くべきことを我々は知る。
 この少年のお父さんが実は中国の人で、京劇俳優だったのである。日本人の奥様と結婚されて、今は日本に住んでおられるが、北京の芸術院のご出身だと。
 そこは私も、スーパー歌舞伎三国志などで、お世話になった、京劇界の総本山のようなところである。

 その上に、かつて リュウオー という歌舞伎と京劇をガチに組み合わせて、猿之助さんが創った、スーパー歌舞伎があったのであるが
 その中の京劇チームに、このリュウスケ君のおじいちゃんが、参加していたというのである。
 亀大臣という大役を演じたのだとか。

 つまりリュウスケ君のお父さんとおじいさんは、二代続いた京劇俳優なのだった。
 そういう縁もあり、高円寺からの日参であったか、と知る。

 ところで君は京劇を継がなくていいのか、と聞いたら、
 
 僕は中国語が出来ないし、それより歌舞伎がいい、

 と答えるリュウスケ君。
 身のこなしといい、口跡といい、なんか、フツーじゃねえなあと思っていたのだけど、
 なんちゅーか、芸能の遺伝子が、組み込まれているのだなあと、納得した我々であった。

 といっても歌舞伎初体験なのは、間違いなく、お父さんとて歌舞伎の指導が出来るワケではないから
 それでこれだけ出来ちゃう、この少年はやはりただものではない。

 美浜の舞台でも、この子が出てきて、
 
 ご新造さんえ おかみさんえ

 とやり出したら、最初はちっこいのが何かやってる可愛さに、拍手していた客席が、やがて驚きのため息に替わり、
 最後には鳴りやまない大喝采になった。

 それでも動じず、平然と与三をやり通す、小五。
 
 なに、マジで歌舞伎役者になる気?

 と聞いたら「あ、はい」だって。
 公演が終わったら、笑三郎さんの家の前で、荷物抱えて、正座して待ち伏せし、弟子にして下さいとお願いしに行く、かもしれない。


 そんな不思議な出会いのあった、歌舞伎のタノシミカタ

 好評のうちに、日本橋に乗り込みます。

 まだお席はあるので、この三代に渡る因縁の出会いを目撃したい方は、ぜひ、急いでご予約を。

 追伸
 トラオも出ます。




 
 

 
 
 
 

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2010年08月03日(火)

近況は

 ともかく今は、歌舞伎のタノシミカタ

 笑三郎、笑野、猿紫と、歴とした歌舞伎役者が参加してくれている舞台なので、市民参加舞台とはいえ、ヘタな物には出来ないので、
 我々も汗だくである。

 今日は美浜の舞台を丸一日使って稽古を。
 
 笑三郎さんは、まだポロシャツ姿で、お稽古だけど、日に日に気合いが入ってきて
 故藤間紫さんが、笑三郎に託した舞踊劇、狐火 特別ディレクション版 はすでに見応え十分な物に。
 この演目は、化粧、衣裳、小道具などもガチで歌舞伎仕様なので、本番になると、数段飛躍したモノになる。
 そこに笑三郎考案の新演出が加わるわけで

 何と贅沢な、出し物であることか。

 明日もまた、ひたすら稽古。
 歌舞伎役者と、市民との 力量の違いは、圧倒的に見えて良い舞台ではあるが
 そういう立場を超えて、面白い舞台にするのだという思いが熱く重なるまで、やらないと意味はないわけで

 本番ギリギリまで、最善を尽くす。
 
 で
 それが終わると
 来月の松竹座公演 前田慶次 の稽古も始まる。

 台本はいつもの如く、七転八倒の末、何とかあがった。
 まあ、手直しは直前まで続くだろうが。

 マンガとパチンコで有名な作品だが、今回の下敷きは、隆慶一郎氏の小説である。
 すでに多くの人がイメージを持っている人物なので、これまた舞台化は簡単ではないのだけど

 爽やかで見目麗しい、関西歌舞伎期待のスター 片岡愛之助さんの、魅力を上手く引き出したいなあ、と思っている。

 そのために
 マンガはひたすらマッチョなのだけど
 今回はそのイメージに、小説に描かれている、無常観漂う文人の雰囲気を色濃く出してみた。

 それやこれやで、夏休みのない、またしても、演劇漬けの日々である。
 
 
 
 

 

 

 

 
 
 
 

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2010年07月26日(月)

歌舞伎のタノシミカタ と、26年前の自作

 市川笑三郎さんと、歌舞伎のタノシミカタ という舞台をやる。

 二部構成で、一部は、猿之助の知識と技を正しく継ぐ、世界一の歌舞伎教授、と私は思っている、笑三郎先生による、

 笑っているうちに歌舞伎通になれる、

 歌舞伎講座。
 コレ、ホントに見事にして、面白いです。
 ハーバードの何とか先生の哲学授業に劣らぬ、行き届き具合でな。

 二部は、一般のオーディションで選ばれた人々と、歌舞伎役者が融合して、
 ひとつの舞台を創る、歌舞伎パフォーマンスだ。
 講座を受けた後で、これを見ると、歌舞伎とは何か、より深く楽しく、理解して頂けると思う。

 そのなかで、笑三郎さんには、
 NHK の芸能花舞台 でも放送され、大反響だったという、
 
 亡き藤間紫先生指導による  
 
 舞踊劇、狐火 をフル装備で演じて頂き、

 プロのスゴサを見せつけて貰う。
 ここで人々は、芸の深さを知る仕組み。

 この土日は、その稽古のため、扉座座員とともに、千葉の美浜まで行って来た。
 今、笑三郎さんは、大阪で公演中なので
 
 一門の若手
 笑野さん、猿紫さんが、芸の指導に当たってくれている。
 否応なく、市民と共に、歌舞伎をならい覚えることになる扉座たち。
 
 このあと来月には、歌舞伎ゼミもあるし、
 扉座は最近、歌舞伎漬け である。

 扉座の新鋭ゴリも、毎日、付け打ちをやらされて、だんだん上手くなってきた。
 この調子で習得すれば、バイトができますよ。
 と笑野さんに言われていた。

 そんなバイトもあるらしい。

 さてそんな一方
 26年前にわたしが書いて、当時、善人会議といっていた劇団が、まだ三丁目にあった頃のタイニイアリス、にて上演した
 
 ノータリン・ベイビーズ・ノーリターン

 という作品を上演するという企画があり、ある意味、恐る恐る、見に行った私であった。
 企画者にして、演出は、花組芝居の幹部・水下きよし氏。座員の川西佑佳も出して貰っていた。

 水下氏は、初演の舞台を見ている、千人弱の観客のひとりであったらしい。
 今となっては、知る人もそういないだろう、作品。

 忌野清志郎が消えた時、語ったこともある、RCサクセションの音楽が順繰りに聞こえてくる中、若者二人が車に乗って、果てしなく逃走してゆく、という
 いわゆるひとつの、ロード演劇である。

 ロードムービーの演劇版を狙いました、みたいな。

 26年経って、ホントにホントに久しぶりに見て、

 というのも、今私の手元にこの台本はなく、ビデオもなく、まったく振り返る機会もなかったから、
 ふいにタイムカプセルを開けられ、かつての所持品を見せられた、ような感じ であった。
 
 私自身、まったくその中味も忘れていた。
 見ている最中から、これは水下氏が、台本に手を入れた改訂版だろうと、思いこんだほどだ。

 んが、ほぼ台本通りであるとのこと。
 軽いショックであった。
 拙いのは、仕方ないとしても、基本的に、捕らえようとしている世界が、今の私とは、あまりに違いすぎていて

 これホントに、私の作品なのですか。

 と誰かに聞きたくなったのだった。
 終わったあとで、いろいろ話すうち、ああそうだった、そうだった、と。
 記憶も蘇ってきた。

 そこに至って、ようやくノスタルジーにも浸ったのだが、いささか冷や汗ものの、体験であった。

 
 というのもね、
 思い出せば思い出すほど
 当時の己の青さが、ムズいのだ。

 見た映画、読んだ本、好きな言葉、当時の演劇状況に対する思い、
 そういうものが、丸裸のようにして、書き付けられている。
 青二才の演劇青年。

 その上、もろに人から影響されつつも、それを何とか新しくしようともがいている。
 真似しつつ、新しがる。
 その大いなる矛盾。

 さすがにこの時期では、もう つかこうへい の真似は脱しているが、それより実は、赤面物の、借り物と背伸びの言葉の数々。
 たぶん清水邦夫とか、ニューシネマ的な何かたちとか。

 その姿は、恥ずかしい青春として、愛しい面もあるものの、ザンネンながら他人事ではないために、楽しむよりも、ドキドキしてきたわたしであった。
 
 若き日のラブレター、しかも詩人気取り、みたいな。

 あの頃、わたしはどこに向かおうとしていたんだろうねえ。
 と、あの頃の、わたしに問いたい。

 
 
 
 

  
 

 
 
 

 
 

Posted by 管理者 at 10時43分   個別ページ表示   コメント ( 1 )

2010年07月21日(水)

アトム 特別版の終わりと

 福岡、まどかぴあ で、九州戯曲賞の選考会。
 京都から参加の審査員、松田正隆氏 の 味わいがますます深くなる。
 これだけでは何のことか、まったく分からないだろうが。

 審査会を見ていた人は、皆、納得のはず。
 人の戯曲の審査してて、発言もさることながら、考えている姿だけで、たくまずして可笑しい。
 名人の域である。

 鴻上尚史さんと、電話で劇作家協会・国際部の活動について話していて、ちょっと考え込みはじめ、そのまま十分以上の沈黙、長考に入ったという、故太田省吾先生や、
 いつも、真剣なのか冗談なのか、わからない別役実先生の、正しい後継となる人であろう。

 昨年から続きの、中島かずき氏とともに、さらに熱心な松田ウォッチャーとなった、私であった。

 遅くまで候補作の作者たちと、懇親会をやって、翌日、のぞみで 兵庫芸術劇場へ。

 アトムの神戸公演、3回目にやっと間に合う。
 仕込み時間が足りなくて、パニクッたらしいけど、3回目はほぼバッチリと。

 前日の稽古で久しぶりに見て、良いアンサンブルだなあと、改めて思ったが、
 本番も期待通りであった。
 何より、新宿文化センターのあのだだっ広い、大ホールより、凝縮度の高い演劇専用ホールで、しかも新しい小屋で

 この作品には、ぴったりで気持ちよかった。
 お客さんも、しかと見届けくれている感じで。

 このキャストでの上演は、今後予定はないけど、また出来たらいいなと、思った。

 その日は、打ち上げがあるということだったけど、
 諸事情で、泣く泣く、更にのぞみで、東に向かい、帰宅。
 
 気が付けば、梅雨明け、そして太陽。
 知らぬ間に夏になっていた。

 

 今年も 
 現代俳優のための、歌舞伎ワークショップ やります。
 ホントに、ここにしかない講座ですし、
 毎年確実に出来るというものでもないので、

 迷っている人は、ぜひ、今年の受講を。

 あと現代俳優と言っても、修行中の人や、その卵もオッケーです。
 学ぶ気持ちさえあれば。


 


 
   

Posted by 管理者 at 10時48分   個別ページ表示   コメント ( 0 )

2010年07月17日(土)

土曜日から 旅

 明日は アトムの 兵庫版の稽古があって
 明後日は 博多で
 第二回 九州戯曲賞の選考会があって
 その翌日は 博多から神戸に行って

 アトム と合流する。

 全部、自分でやると言ったことだから、いいんだけど
 大丈夫か、オレ。

 先月から ずーっと 前田慶次 ってヤツのホンも。密かに書いていたのである。
 というか、これはまだ終わってなくて
 今も進行中。

 苦しく、長い 苦行の日々。
 
 稽古場も劇場も もういい。
 しばし 演劇のないところに消えたいと、そう思ったのは春先だった。

 そこからずーっと、消えずにいる。

 オレはたぶんマゾなんだろう。
 
 まあ
 そんじゃ、以外のところに消えてご覧と言われても、
 せいぜいパチンコ するぐらいだろうよ。

 そんなワケで、もう寝ないと、大変なことになる。

 こんとこ、日記が暗くて、ネガティブですねえと、たくさんの指摘を受けているが、一日を乗り越えるので精一杯状態が続いてるので、仕方ない。

 いつこの苦行を脱して
 一息付けるのか。

 ともあれ、豪雨の西に向かうオレであった。


 
 
 

Posted by 管理者 at 02時39分   個別ページ表示   コメント ( 0 )

2010年07月12日(月)

感謝 つかこうへい様

 今朝、というか、今。
 つかさんの訃報を、ネットで知る。

 もしこの人が、いなかったら、たぶん私は、こんなに演劇に関わって生きることになっていなかっただろう。

 つい一昨日、私と同じように、というか、さらに、つかの世界にどっぷりと浸かり、生きてきた、岡村俊一と、つかさんのことを話していたばかり。

 あんまり具合が良くないとは聞いたけど、

 ずっと、どこかにいて、何かを巻き起こして、いるのが当然の人だったから、
 病気も入院も、そういうサプライズのひとつのような気がしてしまっていて

 この時が、こんなに早く来るなんて、心の準備がまったく出来ていなかった。
 なので、今、ちょっと茫然自失。

 週刊金曜日 の原稿は、ホントに、たまたまだったのだけど

 原稿を書いた3月、ちょうど青少年センターでの ドリル魂 を終えたばかりでもあり、

 いろんな意味で、自分の原点たる、つかこうへいとの出会い、と あの頃 を振り返る機会になった。

 あの頃、当然ながら、面識はなく、私は観客席に座っていて、ただただ、遠くに仰ぎ見て憧れるだけの人だったけど

 そんな人が、舞台から、作品を通して

 重たい、青春の扉を開けて
 リアルな人生に向かう、背中を押してくれた、
 
 いろいろ整理してみると、そういうことなのだと、自分でも気づき、

 今度お会いする機会があったら、
 
 ぜひ、あの頃の芝居と、時代について、つかさんからはどう見えていたのか、改めてさまざま伺い、
 そして

 感謝を述べたいと思っていた。

 でもちょっと遅かった。

 

 つかこうへいさま
 
 ありがとうございました。
 あなたと出会えたことを、心から感謝致します。

 
 
 
 

  

Posted by 管理者 at 06時35分   個別ページ表示   コメント ( 3 )

2010年07月04日(日)

今週の週刊金曜日に

 70年代 つかこうへい演劇の衝撃 

 というエッセイが掲載されています。
 3月に書いたあったものですが、掲載が延びていました。

 ホテルカリフォルニア 厚木高校物語

 に書いたエピソードと、つかこうへい が、シンクロするような、
 ちょっと長いヤツです。

 あの時代を知る人には、共感して貰えるんじゃないかと思います。
 
 今、いろいろテンパッてて、死にそうです。
 いつまで続くのだ、このエンゲキ地獄
 青息吐息で、目の前の課題と、格闘しております。

 とりいそぎ、お知らせまで。



 

Posted by 管理者 at 10時09分   個別ページ表示   コメント ( 0 )

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