2010年03月09日(火)

安藤忠雄 建築とアトム 

 今日は せんがわ劇場は仕込み日。
 私は、お休み ながら、休めず。

 もう一方で激しく進行中の、新作「アトム」の打ち合わせを。
 実は、先週日曜日、桜木町での ドリル魂千秋楽 のその場に、作曲の甲斐正人さんから、半分残っていたすべての曲があがってきたと、お届けがあり、
 
 明けて月曜日から、楽譜なんか見ても、分かんないから、ただひたすらそれらを必死に聞きこみ、
 
 昼間は 新羅生門 を稽古しつつ、朝と夜中に うんうん と唸り、たどたどしく楽譜とにらめっこしつつ
 指で字数を数え
 歌詞を付けていたのであった。


 んで、それを昨日明け方に完成させ、甲斐さんに送り、楽譜に落として貰って、今日はその修正であった。

 もちろん、山も谷もあったが、そこでさらに、音楽家と劇作家共に、うんうんと唸り、修正作業を共にして、

 とりあえずは、目出度く、全曲が仕上がった。

 ま、アトム方面は また改めて、報告したい。
 けど、この楽曲たちが、どれもとっても良い感じで、今日は、一山越えた爽快感を得た、目出度い日となった。

 で
 安藤建築である。

 ドリル魂 に出てきた、世界的建築家・遠藤貞雄先生の 町の公民館 のモデルが、せんがわ劇場 の入る、調布市の建物である。

 劇場の上に ふれあいの家 という、公民館スペースがあるのである。
 で、ここも芝居の稽古に使わせて貰った。

 んが
 この部屋の寒いことと言ったら。
 コンクリート打ちっ放しの問題点は、よく言われているが、
 どんなに強く暖房を入れても、なぜか空気が回らず、暖かさが上へ上へ逃げていき、
 我々は、震え上がって稽古していた。

 その上、なぜか廊下には、暖房そのものがない。

 だから寒い部屋を一歩出ると、そこはさらなる極寒である。ちょっとトイレに行くのも、億劫になる感じであった。

 だが諸君、これは建築家の意向なのである。

 ふれあいの家に集う人々が、四季の移ろいを、忘れないために、だそうだ。
 夏は暑く、冬は寒く。

 そのために敢えて、廊下には冷暖を置かぬのである。

 そんな建築を、多々の現代建築愛好家が、見学に集っている。
 世界のアンドー作品を鑑賞するために。

 まあ、それはそれで面白いから良い。
 ちゃんと芝居のネタにもさせて貰ったし。
 こうして話の種になるというのが、一つの成功と言えるだろう。
 建物のあり方の、再考察なのだろうからな。
 アンドーの精神は。

 冬場のふれあいの家で 風邪をひくこともまた、ふれあいなのだ、きっと。

 ちなみに
 肝心の劇場は、ちゃんと暖かいし、なかなかに居心地が良い。
 使い勝手も悪くなさそうだし。

 つまるところ不思議な建物だ。


 

 
  



 

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2010年03月08日(月)

鬼の母親 

 何度も再演を重ねた、新羅生門 であるが、鬼の母親サエは、初演に、客演の青木菜々 さんを迎えた以外は、中原三千代か、伴美奈子が、そして茅野版では、今、私の演出助手になっている、田島幸がやってきた。

 皆若く、当時声優としても活躍していた、客演の青木さんも、20代であった。

 今回、初めて、実際に母親と言える女優さんに、演じて貰っている。
 黒テントの ヒロイン、新井純 さんである。

 せんがわ劇場の芸術監督、ピーター・ゲスナーが、話を纏めてくれて実現した。

 これが私的にも、とても新鮮である。

 もうやり尽くしたと思った、新羅生門 で、実は大事なことをやり残していたのだと知ることとなった。

 鬼の母親役は、この芝居の中で、異質の人だ。
 芝居全体が、鬼ごっこになっている、遊びの多い、いわゆる小劇場全盛時代の作品なのだが

 この母親だけは、その遊びに加わらずというか、加わりようがなく、ひたすらに鬼の息子を愛し、同時に息子を鬼に生んでしまったことの苦しみと、向き合い続けている。

 だから
 オーでションなんかすると、若い女子までが、このサエのセリフを選んで、読んでいたりする。
 演技力を発揮するなら、この役しかないと、思うのであろう。

 もちろん、若い女子に 簡単にやりきれるものではなく、ほぼ玉砕であったが。

 にしても、それを書いた当時の私は、まだ20代であったわけで、あくまでも若い役者が演じるという前提で書いたモノだ。
 だから、同世代の劇団員で、やることに、疑問を持たなかったのである。

 が
 今回、新井さんという、特別の存在感を持つ、ベテランに演じて頂いて
 滲み出る母性と、重ねてこられた経験の深さが支える、筋の通った透明感みたいなもの が、この作品の可能性を、大きく広げていることに気付いたのだった。

 それは、そういう大人の芝居が出来るように、若き日の私が、ちゃんと書いていた、ということも含めてな。
 

 洗濯女を演じつつ、伴が、洗濯の手を止めて純さんの芝居をじっと観ている姿がとても印象的である。

 洗濯女やってと頼んだら、今サラすか、みたいな反応だったのが
 サエは 新井純さんにやって頂く予定と告げた途端、それはぜひ出して下さい、おねーげーしますと、手のひらが返った。

 ずっとサエを演じてきた、伴はたぶん、その名を聞いてピンと来たのであろう。残されていた サエという役の可能性にも。

 その姿は、いつかもう一度、この純さんの芝居を観た後の伴で、新羅生門 やってみたいなと、思わせてくれるものだ。

 にしても、純さんは、可憐な人であった。

 何しろ、アングラの牙城、黒テントの、ヒロインだった方なので、ちょっと身構えておそるおそる、付き合いだしたというのが正直なところであったのだが。
 若い頃アングラの先輩は、みんな敵だと思って避けて通ってきた身だしね。


 しかし、昔は知らぬが、今目の前にいる純さんは

 元、宝塚の娘役かと思うような、立ち居振る舞いの美しく、重ねた年齢の中にも、華やかさを漂わせる、女優さんである。
 
 もっとも、ちょっとした、瞬間に、風にされされたテントの中の絶叫を彷彿とさせる、鋭い視線と、ドスのきいた声が響いてくる。

 そんな時、ああ、この人の中で芝居は、重層的に折り重なっていると、感動する。アングラでもなく、新劇でもなく。

 アングラであれ、元宝塚であれ、元四季だって、小劇場上がりであれ、生き残ってきた人のなかに、その地層はあり、それを観ることは、雑多な演劇が混在となって、今に繋がる我が国の演劇の、有る意味贅沢な醍醐味だと、
 私は思う。

 そして、その重層的な新井さん演じるサエの有り様は
 この世の善なるを真摯に祈りつつ、その反面、鬼を生んだ宿命を呪い、静かな佇まいの中に、修羅の葛藤を抱えて鬼婆として生きる

 サエそのものに極似している。

 
 

  

  
 

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2010年03月06日(土)

MJ

 せんがわ劇場 では スタッフの多くも初めての人たちだ。
 そして皆、若い。

 振り付けも、息子ほどの年齢の若者だ。
 
 知ってる人は知ってるだろうが、
 新羅生門 という芝居 タイトルはいかついが、中味はかなりばかばかしく、ゴッタ煮で

 ダンスシーンがあったりする。

 まあ、踊らない演出も可能だけど 今回は、新羅生門のイッチャン、オーソドツクス にして 面白い版 にしようと思っているので

 二十数年前の初演からやってきた、ダンスシーンは再創造して、残している。

 で若い振り付け、タクロー君に、やって貰っているんだけど

 これが

 MJである。

 二十数年前、スズナリで、初演したときも、MJだった。
 当時は、そんな呼び名は知らず、マイケルだったけど。

 ディズニーランドに、キャプテンEOという、飛び出す映像アトラクションが出来て、話題になっていた。

 聞けば、今はもう、EO はないんだってね。

 しかし
 さすがに、新羅生門 において、二十数年の時を経て、
まさか MJ を踊ることになるとは思わなかった。

 しかししかし
 今 MJ であることは 時代と寝ているのでは、と思われるぐらい、ジャストすぎるチョイスになっている。

 あくまでも言いたいのは、

 新羅生門 は 二十数年前から MJ だ。

 と言うことなのだが。

 しかしどうせ、オッサンが、無理に流行を追ってるように、思われたりするのであろうな。

 しゃくだけど

 にしても
 結論は MJ すげえ ということだな。

 二十数年を超越して ジャスト であり続けたキングだということだもんね。

 そんな
 新羅生門 劇場を使っての、贅沢な稽古させて貰ってます。

 今回は、かつて円形劇場でやったことも、復活させて
 前方、後方 の両囲い中央ステージ形式で やってます。

 オーでションで選んだ、若者キャストも、これが意外によくやってて。

 なんか、かつての善人会議観てるような錯覚を、起こします。
 赤星と大山コンビよりさらに遡り

 岡森、六角コンビの時代ね。

 しかし、あのころの善人会議より、ぜったい上手いな、今の若者たち。

 来週の土曜日から、京王線の 仙川 徒歩三分の せんがわ劇場です。

 ちなみに
 この劇場 安藤忠雄 建築です。

 ここに通ってて エンドウサダオ先生 のネタ思いつきました。


 
 

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2010年03月02日(火)

伴美奈子 の 洗濯女

 ドリル魂 の火照りがまだ醒めていないけれど
 今日は調布の 仙川劇場へ。

 新羅生門 の稽古である。

 こちらもここから一気に追い込みに入る。
 ちょっと放置していたので、焦りつつ。

 劇場に仮道具を建て込み、キャストも全員揃っている。
 
 その中に、伴美奈子も。
 
 洗濯女をやって貰うのである。

 これは私がこだわって、特別にキャスティングさせて貰った。
 オーディションで選ぶ気持ちもあったが、ただひとりの民衆代表、洗濯女は、なにげに難しく。ザンネンながら、ピント来る人材と巡り会わなかった。

 今から十数年前の、新羅生門全盛時代、圧巻の面白さを見せていた、

 伴の洗濯女である。今の伴さんには、鬼の母、サエ役でオファーするのが順当というものである。
 しかし、ここにはすでに、新井純さんという、名女優がいてくれている。

 で
 伴さんに、洗濯女 を依頼するという贅沢が実現した。

 これはもう、必ず絶品。

 まもなく三十周年を迎える扉座のさまざまな作品の中の、キャラクターの中でも、伴美奈子の 洗濯女は トップテンに入る、ものだ。

 かつて観たという方も、話にしか聞いたことのない方も、
 そもそも、新羅生門 を知らぬという人も

 これは騙されたと思って観ておいた方が良い。

 それぐらいピンテージ。

 
 ドリル魂 に熱いご声援、ありがとうございました。
 
 いろんなことがあり、また深い思い出が出来た公演でした。
 今年は、試験中なのに中高生も大勢来てくれて、本来の目的が果たせたのも大きな喜びです。

 またAKBファン、森田ファン、扉座ファン、神奈川関係の人々が、良い感じに融合していたんじゃないかなあと思います。
 
 いろいろ逸話もありますが、それはまた、そのうちに。

 ともあれ、どうもありがとうございました。 
 
  

 

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2010年02月28日(日)

感謝 

 お陰様で、盛り上がっています。

 昨年より、中高生も、ぐっと増えて、本来の青少年に見せる、という目的も果たせている気がします。

 2年連続を危ぶむ声もあったけど、2年連続のお陰で、むしろ広がりが出たんじゃないかな。
 

 試験シーズンで、試験期間中なんていう学校も多いと聞きましたが、
 試験より大事な、ドリル魂 であります。

 来てくれた、若者たち、どうもありがとう。

 そしてアッという間に、明日で千秋楽。
 今回もまた、嵐のような突貫工事。

 体力的にも、一同ギリギリ、みたいですけど、
 熱い客席に背中を押されて、ハードワーク貫徹します。

 簡単ながら、なんかもうクタクタなので、これにて。
 あとは劇場で。

 今夜は 『アッカンベー橋』 だけ、ipod に落として、もう寝ます。

 





 
 

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2010年02月26日(金)

ラジオから ハードワーク

 今日は舞台稽古。
 
 一通り稽古を終えて、劇場の事務所で打ち合わせをしていた。
 ちょうど午後9時。

 FMヨコハマ のトレセン がラジオから聞こえていて

 イヌとガン平 が今夜も、番組に乱入していて。
 まあ乱入というより、今夜は 轟組 からの感謝のメッセージを届けに行ったのであるが

 それに応えて、
 DJ光邦さんが、『ドリル魂』のCDから、『ハードワーク』を応援のためにと、かけてくれた。

 ラジオから聞こえてくる、轟組の唄。

 たぶん初めてのことである。
 
 ここんとこずっと『うぃますぐ現場』を、振り付けのために流して貰ってはいたけど
 こんなふうに、改めて ナンバーをかけて頂いたのは、たぶん初めてのことである。

 CDを作ってから、2年以上経つが。

 朝から晩まで め一杯、稽古した後、
 いよいよ明日から、本番という このタイミングで、思いがけずラジオから 本当に暖かいメッセージを送って頂いた。

 卒業の夜、地元のカリスマDJ・ウルフマンに、お気に入りの曲をプレゼントして貰ったような気分である。 

 明日から、3日、たった4回しかできない公演だけど
 ヨコハマの記録に残る、舞台にしたい。

 そして青少年に、何かの可能性を与える公演でありたい。
 
 光邦さんと、トレセン関係者の皆さん、トレセナーの方々に、心から感謝しつつ、
 そう心に誓った私であった。

 
 
 

 

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2010年02月22日(月)

ガチンコ編

 昨日は朝から、AKB48 チームが来て、みっちりと登場シーンを稽古。

 出来そうな気配がしてきたから、昨年よりずっと踏み込んで、リアルな演技を追求してみる。

 なっちゃんとは、昨秋、乱童 できっちりみっちりやったことである。
 他の三人は、手探りからのスタート。

 でも、不思議なもので、誰かが突破した道には次々と、それに続く者が現れるのである。

 それはオリンピックの技も同じ。
 4回転とか、ダブルコークなんとか、とか。
 一人が始めたら、いつの間にか、当然の技になる。
 
 で三人も、演技に背骨と魂 注入を。
 
 結果
 昨年より、かなり、成熟した感じになってるんじゃないか。
 森田氏登場シーンも、きっちり、芝居やって貰ってるし、ドラマも、大人のものになっているので
 
 今回は、大人や玄人筋にも、ご納得して頂けるのではないかと、思う。
 中味的にも ガチンコで。

 その後、がんばった4人にご飯を。
 桜木町名物の 餃子発祥のお店で。
 
 そこで なっちゃんが 乱道の再演の時、私にいろいろ言われて、泣きました、と言い出す。

 再演にあったって、少し芝居を本格的にするからと言って、要求のレベルを一気にあげたのらしい。
 今と同じような状況ですね。

 言った本人は、そんなことはすっかり忘れて、軽く驚く。

 なにより、なっちゃんは しっかりしてて、多少のダメ出しなんか食らっても、もっと言って下さい、みたいな顔して、元気に返事していたから。

 稽古場では我慢しましたけど
 おうちのお風呂で 泣きましたって。

 まあ、それぐらいは部活でも、よくあることではありましょうけど
 
 楽しげに見えて、芸人もなかなか大変なのです。
 でも、そういう積み重ねで、育っていくんだから。

 研究生から、いよいよ正式メンバーに昇格する、
 15歳のワサミンの思いなんかも聞いて、

 がんばれよ という励ましとともに

 この舞台が、彼女たちにとって、少しでも未来への足がかりになるように、
 そういう責任を改めて感じた、オジサンであった。

 にしても
 菊池あやか の母の歳を聞いて、挫けそうになる。
 
 もはや、ご両親より、ワシなんかずーっと先輩である。
 
 どうする。
 

 


 

 
 

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2010年02月20日(土)

オリンピックのこととかも

 少し遅めの外出だったので、家で、子犬たちに離乳食を食べさせつつ、フィギアスケートを観ていた。

 全部は観られず、結果のみ、夜に知る。

 で高橋選手の演技を観ていたのだけど
 つくづく、時代は変わった、と思った。

 日本人は、やっと、恥ずかしげもなく、踊ることの出来る人たちになってきた、と感じた。

 子供の頃観ていた、フィギアスケートとか、体操とか、日本選手が、技以外でダンスチックなことをするところは、限りなく、照れくさい感じがしたものだ。

 それは他ならぬ、やってる選手たち自身が、照れくささを感じていたからだ。
 人前で、踊るなんてことは、常識的には考えられなかった時代だ。
 ダンスなんか、女の子のやることだった時代だ。
 
 でも選手たちは、競技で、それをやんなきゃいけないから、やっちゃいるけど、ひと昔前の体育会系の選手たちには、エレガントさとか、観客にアッピールする表情とかは、かなりの苦手種目に見えたものだ。

 それがそれが、
 大輔選手の、なんと伸びやかなこと。
 手足の長い、ブロンドの選手たちに混じって、あのチビッコ兄ちゃんが、臆することなく、俺だって、イケテるもん、負けないもんオーラを、遠慮なく出しまくり、
 ナルシズムとヒロイズムに、疑いなく酔いしれつつ、恍惚の表情を客席に投げかける。

 その顔は、体育の選手じゃなく、ダンサーであり、エンターテナーである。

 踊ることに疑いを持たぬ、人種の顔だ。

 折しも、今、私は、歌と踊りの芝居を創っている。
 で、未だに何か気恥ずかしい、日本人のミュージカルをいかにして、しっくりと舞台にのせるかを、必死に追求し

 ニッカポッカで踊るとか、ツルハシとスコップ担いで歌うとか、趣向を凝らしているのである。
 それはそれで、傑作だと自負しているし、今回もまたテッテ的にドカタワールドを構築しているが

 しかし
 そんな一方で、こういう世代が、世界で暴れ始めている現状を見ると

 いよいよ、真っ向からミュージカルの作品作りに取り組んで良い時代が、きているのかも知れぬと、しみじみ思った。

 もう突然歌うとか、なぜ、踊る、とか。
 ミュージカルに対して、そういうツッコミもいらない時代になって来る予感がする。
 だって、普段から、自然に歌い踊っているのだから。
 ぜんぜん突然じゃないんだ、今やきっと。

 もちろん、その分技量を高めて行かなきゃ話しにならぬが。

 折しも今夜は、ラッキィ池田さんが、FMヨコハマ トレセンの 犬&ガン のコーナーにゲスト出演して下さり、
 二人とDJ光邦さんに、ダンス指導をして下さった。

 ラジオでダンスって。
 前代未聞のばかばかしさであった。

 にしても
 思えば、ダンスを、この日本の日常の中に、植え付けていった功労者のお一人が、このラッキィさんであった。

 踊る日本人の元祖だね。
 ラッキィさんのダンスは、まったく気恥ずかしくない。
 
 大輔選手のソレのように、とってつけた感のない、ぴったりと身体に添った、ダンスである。

 大輔を思いつつ、
 ラッキィさんのスゴサも、今改めて思い知る。
 
 
 
 

 

Posted by 管理者 at 00時55分   個別ページ表示   コメント ( 0 )

2010年02月15日(月)

AKB48 と 渡り廊下走り隊 と

 昨年に続いて、渡り廊下走り隊 のユニット出演という話しもあった。

 しかし、今、彼女らはあまりに多忙になっていて、4人揃っての稽古が非常に困難なのだった。

 で、だったら無理せず、また新キャストでということになり

 菊池さんと岩佐さん が参加してくれることになったのである。

 で
 なっちゃん と はるごん とで4人組を組んでいるのであるが
 
 この4人が、とってもよろしい。
 
 ひとつには昨年から比して、なっちゃんとはるごんが、飛躍的に成長していて、2人を引っ張っていてくれるのと

 関係者各位が、まゆゆとらぶたんに、劣らぬ新戦力を、投入してくれたお陰である。

 きくじ は、誰よりも大人で、しっかりとパフォーマンスに取り組み
 中三の わさみん もチューボーの可愛さを残しつつ、それをきっちり芝居にして見せるしたたかさを、持っていて

 2人とも、信頼できるプロである。

 わさみん なんか、稽古初日の日、緊張からか、お腹が痛くなったのであるが

 しばし見学してなさいと、言っても、やると言い張り、とうとう最後まで、やり通した。
 楽しげなサークルみたいに見えて、実は競争がとっても厳しい、AKB で鍛えられている、研究生である。

 なっちゃんは

 乱童 で、丸二ヶ月は芝居の稽古をみっちりやったので、しかも、周りは全員大人で、その中で、本格的にやらなきゃいけなかったから、ここでの経験が今になって、確実に実っている。

 これはあの時、徹底的にやった甲斐があったというもので、
 嬉しい限り。
 
 だが、ついでにといっちゃなんだけど

 そんな なっちゃんに引っ張られてか、負けん気出してか、はるごんも、去年とは見違える取り組み様で、演技のグレードアップと格闘している。

 まあ
 演劇の舞台に出ることになった、なっちゃんをうらやましがっていると噂で聞いていたし、

 実際、乱童 の稽古場にも来て、じっと、稽古の様子を見ているその視線は、かなり真剣だったし

 芝居がやりたいという気持ちに。嘘はないなあと予感していたけど

 今回、こうしてまた舞台に立てる機会が出来て、その本気が全身から、噴き出している。
 それが轟組 にも通じて

 あんた大人になったねえと、感心されている。

 ま そんなこと言われた途端、たちまち油断して、集中を欠いて、怒られたりもしているが
 中学2年の らぶたんより、年下に見えた、あの幼稚な はるごんとは 別人のような稽古場での姿である。

 乱童の時は 稽古場や劇場で会っても、まだ、この ドリル魂 出演が決定していなくて
 
 舞台やりたいです と言ってくる、はるごん に何にも言えなかったけど
 これが決まって、誰よりも喜んだらしい。

 そんな気持ちが、客席にも届くと、いいなと思う。

 桜木町の 青少年センターホール は私が高校生の時、処女作を 上演させて貰った、本格的な劇場である。

 高校時代の仲間だった、岡森にとっても、六角にとっても、初めて踏んだ、緞帳のある、劇場である。

 しかし、彼女らは、あの時の高校生の我々に比べたら、同じ歳とは思えぬ、技術的にも精神的にも、プロの芸人たちである。

 もちろんまだ発展途上の人たちなので、客席からの注文は
多々あるし、実際、昨年も、この子らは、まだまだだろうという酷評もあった。

 でも、そんな人たちにも、ぜひ今年の彼女たちをもう一度 観て貰いたいと思う。

 劇場と稽古場が、どれほど芸人を育てるか
 そのサンプルになっているはずだ。

 そして
 それが、横浜の この場所だというのが、私には また何か 運命のように思えてならない。



 それでも
 まだAKB方面を私が語ると、半信半疑というか、横内クン、また若い娘に血迷って と思う人がいるようだ。

 私は
 初期のジャニーズ演劇から、アイドル舞台にかなりどっぷり浸かってきた演劇人だ。

 あの時も、たとえばスマップに演劇なんか出来るはずないし、それは演劇の冒涜だと、はっきり言う人たちはいて

 そんなものに熱心に関わっている 私は、演劇人として、魂を捨てた者のように言われたりもしていた。

 でも
 あれから20年近くが経って、さて、どうなっているか。

 そんな歴史を間近で観てきているから、はっきり言える。

 今この時が、いつの日か伝説になるんだよ。

 

 
 
  
 
 
 
  

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2010年02月14日(日)

ワークショップ 横浜現場

 今日は稽古の前に 神奈川県下の中高、演劇部員のためのワークショップをやりました。

 稽古場に招き、轟組が総出で、指導する、かなり贅沢で本格的な体験ワークショップです。

 正直、稽古時間の短い中、ハードなスケジュールではあったのですが

 何と言っても、34年前、私が厚木高校演劇部員だった時に
 青少年センターで、一流演劇人のワークショップを受けさせて貰い、今に繋がる力を授けて頂いた、その記憶と、ご恩があります。

 及ばずながら、私に出来ることならばと、
 AKBを演出するのと、同じ気持ちで、演劇部員の諸君に相対してきました。

 我々の本気はきっと伝わったと、信じます。
 願わくば、これがまた未来への連鎖を生んでくれますように。

 その後、厚木に駆けつけ
 厚木高校演劇部のOB同窓会に、参加してきました。

 青少年センター公演を、支度しているこの時に、たまたま、こんな企画が重なっただけですが

 それにしても不思議な、因縁であると思います。

 厚木高校に入って、演劇部に関わらなければ、
 そして青少年センターで、その演劇部の先輩たちに誘われて、つかこうへいの 熱海殺人事件 を観なかったら

 たぶん、私は芝居とは無縁に生きていて、扉座もなかったわけです。

 いろんな意味で、
 厚木とか、横浜とか、私にとっての原点であり、
 その原点に返って、こうして真剣勝負が出来ているこの現実、

 大切にして、何としても成功させようと、思います。


 神奈川方面の各メディア が、ドリル魂 応援態勢を推進してくれています。

 ちなみに月曜日の1時頃には、私が TVKの お昼の番組にナマ出演させて頂き

 ドリル魂 を語らせて頂きます。

  

 
 

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