新年のお喜びを

 あけましておめでとうございます

 今年も劇団活動を中心にしつつ、頂いた他の仕事を織り交ぜ、アレコレ創り続けて参ります。変わらぬ、ご贔屓お引き立てのほど、御願い申し上げ奉りまする。

 今年58歳の歳を迎えます。
 私たちが子供の頃は、会社員の定年が55歳と言われておりました。あとは隠居の流れであったワケです。
雑に言えば余生です。
 しかし、今、我が身を顧みるに、余生感は欠片もなく、ずーっと勉強中、修行中の感じで、頼りないこと甚だしい。昨秋の公演中の楽イブナイトで、六角精児が私の劇作生活40年に贈る歌というものをプレゼントしてくれましたが、その歌詞に
 『誰よりもアンタが青春だ』
という一節があり、苦労してる座頭をおちょくんじゃねえよ、と思いつつも、そうかもな、と妙な納得と感心をしてしまいました。

 その通り、永遠の青二才、なんだ。

でもね、これは同世代の人たちには確実に共感してもらえると思うんだけど、俺らが思ってた58のイメージはもっと老いてたよな。昨日の紅白見てて思わなかったかい?(茅野イサムの刀剣乱舞もたいしたものだったけどさ)

 淡谷のり子はどこに行ったんだ?
 蛍の光 の指揮は、藤山一郎先生だろ?
 都倉俊一って、そんなチャラい若輩に任せていいのかと、思わなかったか?

 昨夜、桑田とユーミンのツーショットで盛り上がってたのは、俺らの世代の人々だろうよ。でも、俺らが子供の頃は、こういう音楽家たちは紅白には出して貰えないイカレタ若者と呼ばれていたはずなんだぜ。
 俺は幼少期から、ジュリーのファンだったんだけど、タイガースとか初期のジュリーは、髪の毛が長いと言うだけで、公序良俗に反する者たちとして紅白は出して貰えなかったんだぜ。

 自分たちが、大人になった時、こんな光景のただ中にいると想像したかね?
 俺は自分が58になった時には、会社の重役になってて白髪で、大晦日とかは着物とか着て、炬燵で初孫とか抱いて、重々しく 紅白歌合戦~ゆく年くる年 を見てるもんだと思ってたよ。

 実は今、髪は染めてて、ほっときゃ白髪ではあるけどさ、着物は持ってもないし、マンション住まいの我が家にコタツはない。孫もおらん。
 で、ユニクロの部屋着でサザンとともに、ラララと歌って年を越した。

 つまるところ、まあ、これはとても幸いなことでもあるんだが。
 生きている、ワシらの人生はまだ当分、青二才としてダラダラと続くんである。まったく重みも増さずに、胸騒ぎの腰つきとともにな。
 しかも、うっかりするとここから百まで続くと言うのだよ。
ワシはそんなにいらんと思っているが、うちの父を見ていると、87にして、扉座公演の受付に自力で立って、
 いらっしゃいませ、やってんだから。
 糖尿とか、かつて結核までやって、決して健康体の人じゃないんだよ、うちの父。それでも、若い劇団員たちに交じって打ち上げで、俺の5倍ぐらい焼酎飲んでるからね。
 その血をひく俺も油断はできない。
 
 これはもう、俺たち、子供の頃に、昭和の大人たちの姿を見て学んだ人生観とは、また別の人生観を用意しなきゃ、とてもやっていけないよ。
 これからは百歳超えたからって、タウンニュースにも載せて貰えないからな。ニュースになりたきゃ、百二十辺りを超えていかないと。

 劇団なんてね、特に、大戦前から終戦後辺りの新劇活動の後に流行った、アングラから小劇場ブームのころの劇団は、若者の文化だったんだよ。大人になったら卒業するものだと皆思ってたし、そういうものだった。
 でも、今、ワシらは、それを大きく超えて、前人未到の領域に踏み込んで来たと思っている。
 そして、つまるところ、続くんである。
 もちろん、この先に何が起こるか分かんない。明日、解散とか、引退の日が来るかもしれないよ。意思とは関係なく、そういう事情が生まれたらしょうがない。
 もう十分やり切ったと思うから、それほど悔いはないんだ。
 劇団にしても、芝居にしても、さ。

 ただ、自分が間もなく還暦を迎える今、ここから見えている風景が、子供の頃、或いは若者の頃、思ってたのとあまりに違うもんだからさ。
 この風景の中になら、もう少し溶け込んでいられるな、と思うんだ。
 その上で、さらに違う風景とか、人生観とかを創り出して行けたなら、モノを創る人間として最高に幸せだとも思うんだ。

 何が言いたいかと言うとね、これからも扉座と横内をよろしく、更に趣深くなると思うからさ、と言うことです。

 それとお知らせ。(少しだけフライング情報で)

 この春から、私の年齢から上の世代の方たちを対象とした、演技アカデミーのようなものを立ち上げる予定です。
 
 厚木市文化会館では小学校四年生から。
 横浜・神奈川青少年センターでは、ミュージカル系で高校生から20代後半まで。
 錦糸町では、扉座研究生として、高卒から大人まで。

 ここにシニアのアカデミーを加えて、ついにゆりかごから墓場まで、という扉座世界演劇化計画が、実現に向けて大きく動き出すこととなります。
 
 詳しくは近々あるはずの正式な発表をお待ちください。


俺の作品集 全リスト 

先日 ラクイブナイトで配られた、私の40年の全作リスト。
私なりに整理してみました。

戯曲リストとして入れるのに、迷ったものがいくつかありましたが、
とりあえず、俺が芝居として書いたぞ!と思うものを入れました。

公演時のクレジットは脚色とか、共作になっているものもありますが
俺が書いたぞ!と思うものは入れていますし、
コレ芝居かな……と思うものは外してあります。

またマイナーチェンジして再演したものは、カウントしていません。そのジャッジは私の感覚で決めています。いつの上演台本をもって決定版とするかは、私が長生きした時の、老後の楽しみとします。主だった作品には、ちゃんと手を入れて整えたいな。その時々の、その時しか通じないギャグとか、かなり入り込んでいるし。

結果!今のところ、88本でした!
異論のある方、ご意見お聞かせください。





※数字は、横内の戯曲作品としてカウントする作品


1978
1 『山椒魚だぞ!』(厚木高校演劇部)

1981
2 『切符の暮らし-食卓の希望-』<模様劇場>

1982
3 『東京マネキン-ラブリーロマン微笑み交差点-』<模様劇場>
4 『優しいと言えば、僕らはいつもわかりあえた。』(善人会議)

1983
5 『冬のコンサート-優しさを持て余した、僕たちは-』(善人会議)
〇 『The Story of Hard Boild THE PARROT(鸚鵡)』(後に『鸚鵡とカナリヤ』として改作 カウントせず)

1984
6 『たとえばオアシスに降る雪のように』(善人会議)
7 『ノータリンベイビーズ・ノーリターン-1984年のイージーライダー遁走記-』(善人会議)

1985
8 『家庭の悲劇』(善人会議)
〇 『四谷怪談-鶴屋南北より-』(善人会議 脚色作品カウントせず)

1986
9 『夜曲-放火魔ツトムの優しい夜-』(善人会議)
10 『まほうつかいのでし』(善人会議)
11 『THEN THE BAND PLAYS ロンリーハートカリスマバンドの叛乱』(ED企画)

1987
〇 『父帰る』(テレビ生放送用 カウントせず)
12『鸚鵡とカナリア』(善人会議)
〇 『7人の戦士』(JAC 松竹)(リライト作品 カウントせず)
13 『曲がり角の悲劇』(善人会議)

1988
14 『新羅生門』(善人会議)
15 『きらら浮世伝』(セゾン劇場)

1989
16 『ヨークシャーたちの空飛ぶ会議』(善人会議)
17 茅野イサム一人芝居『光の国から』(善人会議)
18 『ジプシー-千の輪の切り株の上の物語-』(善人会議)

1990
19 『フォーティンブラス』(善人会議)
〇 『女殺油地獄』(セゾン劇場 のちに劇団版『桜地獄』に改作 カウントせず)
20 『雪之丞変化2001年』(二十一世紀歌舞伎組 パルコ劇場)

1991
21 『愚者には見えないラ・マンチャの王様の裸』(善人会議)
〇 『1999 この世の果てまで踊っていたい』(日本舞踊協会 舞踊台本カウントせず)

1992
22 『怪談・贋皿屋敷』(RUP)
23 『女殺桜地獄』(善人会議 セゾン劇場版『女殺油地獄』を改訂)
24 『陽だまりの樹』(セゾン劇場)
25 『ドラゴンクエスト』(松竹・南座)

1993
26 『うたかたの城』(扉座 ※劇団名改名)
27 スーパー歌舞伎『八犬伝』(松竹)
28 ミュージカル『魔女の宅急便』(関西テレビ)

1994
29 『お伽の棺』(扉座)
30 『アインシュタインの子供たち』(扉座)
31 『洒落男たち モダンボーイズ』(RUP)
32 『ザ・近松』(朝日放送)

1996
33 『夢の海賊』(RUP すみだパークスタジオ)
34 『三好家の引っ越し』(劇団協議会・扉座)
35 スーパー歌舞伎『カグヤ』(松竹)
36 加納幸和一人芝居『好色芝居女』(トムプロジェクト)

1997
37 『ドラキュラ白書』(扉座)
38 『ホテルカリフォルニア-私戯曲・県立厚木高校物語-』(扉座)
39 『カルメンと呼ばれた女』(東宝)

1998
40 『無邪鬼』(扉座)
41 『龍神伝』(二十一世紀歌舞伎組 パルコ劇場)
42 『リボンの騎士-鷲尾高校演劇部奮闘記-』(セゾン劇場)

1999
43 『アゲイン-怪人二十面相の優しい夜-』(扉座)
44 スーパー歌舞伎『新・三国志』(松竹)

2000
45 『いとしの儚-100DaysLove-』(扉座)
46 『東京サンダンス』(RUP・トニセン)
47 『NINAGAWA火の鳥』(さいたまスーパーアリーナ)

2001
48 『TSUTOMU』(扉座)
49 スーパー歌舞伎『新・三国志Ⅱ-孔明篇-』(松竹)

2002
50 『いちご畑よ永遠に』(扉座)
51 『トンカツロック』(RUP・トニセン)

2003
52 スーパー歌舞伎『新・三国志Ⅲ-完結篇-』(松竹)

2004
53 『新浄瑠璃 百鬼丸~手塚治虫「どろろ」より~』(扉座)
54 『SAY YOU KIDS 20th Century BOX』(RUP・トニセン)
〇 ふくおか国民文化祭2004「とびうめ国文祭」開会式・オープニングショー『人生号』(イベント台本 カウントせず)

2005
55 『アトムへの伝言』(扉座)
〇 愛・地球博『地球タイヘン大講演会』(イベント台本 カウントせず)

2006
56 『ご長寿ねばねばランド』(扉座)
57 横浜能楽堂『シテやったり太郎冠者』(茂山家上演 狂言台本)
〇 フジテレビ系TVドラマ『ダンドリ。-Dance★Drill-』(テレビシナリオ カウントせず)

2007
58 『ドリル魂-ガ・ガ・ガ・ガ・ガ-東京建築ショー・劇場編 <火花は散るが、裸火厳禁!>』(扉座)
〇 『LOVE LOVE LOVE R36』作品提供(短編カウントせず)
59 『女ねずみ小僧~目明かしの女房~』(東宝 明治座)
〇 千葉市美浜文化ホールこけら落とし公演『美浜に吹く風』(イベント構成 カウントせず)

2008
60 『トラオ』(扉座)
61 『人生のクライマックス』(扉座)
62 『新・水滸伝』(21世紀歌舞伎組 パルコ)
〇 厚木市文化会館 開館30周年記念公演 音楽劇『リバーソング~永遠のハックルベリィ・フィンたちへ~』(イベント台本 カウントせず)

2009
63 『サツキマスの物語』(扉座)
64 『うたかたのオペラ』(アーティストジャパン)
65 『乱童~Voice in City~』(レイネット)

2010
66 人情噺『神崎与五郎 東下り』(扉座)
67 『新浄瑠璃 朝右衛門~原作・小池一夫/作画・小島剛夕「首斬り朝」より~』(扉座)
68 ミュージカル『アトム』(わらび座)
〇 千葉市美浜文化ホール・日本橋公会堂 共同主催事業『歌舞伎のタノシミカタ』2010年(イベント台本 カウントせず)
69 『花の武将(ひと) 前田慶次』 (大阪松竹)

2011
70 音楽劇『オリビアを聴きながら』(レイネット)
71 人情噺『紺屋高尾』(扉座)

2012
72 ミュージカル『幕末ガール~ドクトル★おイネ物語~』(わらび座)
73 『つか版・忠臣蔵』(扉座)
74 劇団EXILE『影武者独眼竜』 (ネルケプランニング)
75 人情噺『端敵★天下茶屋』(扉座)

2013
76 奇想天外歌舞音曲劇『げんない』 (わらび座)
77 『元禄チャリンコ無頼衆 浪花阿呆鴉』 (大阪新歌舞伎座)
78 ミュージカル『バイトショウ』(扉座)

2014
79 大谷亮介ひとり祭り『三蔵法師剃髪千四百年追善~八戒法話~』 (壱組印)
80 『フレンド-今夜此処での一と殷盛り-』 (ジャニーズ・グローブ座)
81 『おんな武将NAOTORA』(扉座)

2015
82 指原莉乃座長公演『出雲阿国の狸御殿』(HKT48 ネルケプランニング)
83 スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』 (松竹)

2016
84 『郵便屋さんちょっと2016』(扉座)
85 『歓喜の歌』(扉座)

2017
86 ミュージカル『ジパング青春記-慶長遣欧使節団出帆-』 (わらび座)
〇 『アラタ-ALATA-』 (パフォーマンス用台本 カウントせず)
87 『江戸のマハラジャ』(扉座)


2018
〇 AbemaTVオリジナルドラマ進出記念作品『#声だけ天使』(ドラマシナリオ カウントせず)
〇 『KAWAII KABUKI 桃太郎』(サンリオピユーロランド・アトラクション用 カウントせず)
〇 AKB48team8『KISS KISS KISS』 (共作短編と構成 カウントせず)
88 『無謀漫遊記-助さん格さんの俺たちに明日はない-』(扉座)


















見城さんのこと 町の小さなレストランが

 幻冬舎プレゼンツ『無謀漫遊記、助さん格さんの俺たちに明日はない』
 新宿公演までの小休止。

 見城さんとの馴れ初めとか、コレで5回目となる幻冬舎プレゼンツ公演が、ココに至る経緯などは、今まで何度も書いて来たので、気になる方はアーカイブを覗いて頂きたい。
 多大なご期待とご支援に背かぬよう、前4回の公演の成果を凌駕すべく、全身全霊で紀伊國屋ホール公演に向かうのみである。

 ところで
 「君たちは見城徹から金など貰って、恥ずかしくないのか」というメッセージが、秘密裏に私の元に届いた。
 詳細は省くが、要するに、私が金欲しさに見城さんにすり寄ってるように見えているらしい。
 演劇人なら、権力者に尻尾振るんじゃねえ、という趣旨らしい。

 見城さんって派手な人だからね。成功者だし、お金持ちだし。でも権力者というのとは違うだろう。出版社の社長さんだ。
 その社長さんが我々の芝居を気に入って下さって、限りなくメセナ(文化支援)に近いカタチの、自社広告の一環として冠公演をプロデュースして下さっているのである。
 だからこそ、無謀ナイトと言う学生の無料招待公演(紀伊國屋ホール一回分まるっと)なども実現出来ているのである。今回で5回目。延べ2000人以上に無料で見せ続けてきた計算である。

 何を恥ずかしがれ、と言うのだろうね。
  
 昨今は演劇活動にも公的助成がつくことが多くて、我々も大変助かっているのだが、ソレを採るために最も大切な演劇の面白さの追求じゃなく、助成金審査に通りやすい企画とか、審査員受けする企画書とかを作成することに血道をあげたりすることの方が、よっぽど卑しい行為だと思うんだがね。

 ちなみに、文化庁や文化振興基金の助成に、学生に無料で見せたいので、支援してくれなんて書いても、きっと受け入れてくれないと思う。

 もっともそういう非難の気持ちが、まったく分からんじゃないのだ、私も。前回も書いた通り、元は学生運動にも憧れた青二才なんだから。
 私の青春期はちょうど、アングラが廃れて、バブル文化が花開いてゆく、ハザマの時代だが、まだ演劇はあくまでも反権力であり、打倒資本主義であり、社会変革の精神的支柱でなくてはならぬものだった。

 某アングラ劇団は、紀伊國屋ホールさえ、資本主義的なブルジョアの牙城だとして、本気でヘルメットにゲバ棒を奮って、劇場をぶち壊そうとして乱入などしたのである。コレ、実話だからな。
 その文脈から言えば、メジャー出版社幻冬舎と付き合う扉座もブルジョアに毒された愚かな飼い犬ととらえられても不思議ではない。

 今の若者には何のことか、さっぱり分からんだろうな、このくだり。実際、そういう活動してたアングラ劇団の人たちも今は平気で帝国劇場に立ってたりするし。

 たださ、いま届けられたそういう非難は、まったくそういう未熟だけど必死な精神を継承したものではなく、単なる嫉妬ややっかみだろうから、こういう風に論じることも虚しいな。
 たとえば百田尚樹の思想が気に入らないからと言って、その本を出して儲けているのが幻冬舎だとして、しかし渡辺和子さんの『置かれた場所で咲きなさい』も幻冬舎が出してるんだし。見城徹社長と癒着することを、思想的なものや、イデオロギー的文脈で非難しようと言うのは、あまりに薄っぺらいことだよな。ましてや、見城さんが安倍晋三さんと仲が良いらしいから、けしからん、とか。
 
 あのね
 安倍首相の地元の山口県の選挙で、脱原発の候補を猛烈に支援して徹底的に闘った、坂本龍一さんの個人事務所の社長は、今も見城さんなんだよ。もっと言えば、見城さんは若き日に左翼運動に没頭されていた過去があるしな。

 世の中はそんなに単純で薄っぺらいものじゃない。人と人はもっと複雑に絡み合い、ぶつかり合い、そこから何かを生み出そう、答えを得ようと、老いも若きも男も女も右も左もキリスト教もイスラム教もあがいているのだ。
 
 そんなことよりさ。俺らを非難したい人たちさ。
 お前も一回、見城さんから支援受けて、芝居とか作ってみろよ。
 
 描く中身とかには一切、注文はないんだ。実際、今回も上演前にお届けした台本も読んでおられない。
 「怖いから読まない」とうちのパンフに理由をはっきり記されている。

 ただあるのは、笑わせて泣かせて、魂を揺すぶってくれ。あの頃の『つか』のように。
 これだけ。
 言っとくが、初めて文化会館を建てた田舎の市長さんの注文じゃないんだぜ。
 幻冬舎の本絡みだけで、毎年どれだけの映画やドラマが撮られている?かの角川映画全盛期には、すべてを切り盛りしていたお方だよ。その周りには、どれほどの天才作家、大監督がおられるか。
 毎晩、そういう人たちと会食している人の、注文なんだよ。

 町の小さなレストランに、魯山人が来て、美味いもの食わして、とだけ言って片隅に座って、オヤジさんの作る料理を待ってるような話だよ。

 こっちが怖いわ!

 しかし、そんな希代の目利きが、
 大丈夫か?今度の料理は美味いのか?
 と本気でドキドキと待っておられるのである。
 まあ、こんな小さな店だから不味くてもしょうがない、なんてことは一切お考えにならない。
 俺が美味いと信じた以上、期待した以上、もし美味くなかったら、本気で絶望するからな!嘆き悲しみ、死を思うからな。

 見城さんの座右の銘のひとつが『絶望しきって死ぬために』なんだ。
 見城さんは小さな町のレストラン、扉座に対しても妥協なしで、絶望の覚悟まで決めて臨まれておられる。
 
 「そんなにご不安なら、先に少し味見してご意見をお聞かせ下さい」
 「いやいや、怖いから、味見なんかしない。美味くできてから食べる」

 分かりました。こちらも切腹の覚悟で臨ませて頂きます、と言うしかない。小さな町の人々に愛されて40年続けて来た店のオヤジ、切腹の作法も知らぬのに……

 そんなプレッシャーの中で闘って見ろよ、お前らも。
 金貰って気楽なもんだな、なんて話じゃねえんだよ。
 稽古に入ると、仲間と一緒の闘いになるから、まだしも心強いけど。
 ホン書いてる間は、ずっと後悔してるんだぜ。

 こんなこと約束しなきゃよかった。
 お金返して謝って来ようか、と何度も思うんだぜ。

 しかしまあ、そんな私の心の内の恐慌が世間にはまったく伝わらず、大社長に適当に尻尾振って、うまく立ち回れているように見えているのも悪くはないな、とも思うんだ。

 恥ずかしいと、思わないのか!とか叱られて。
 スミマセン、ヘヘ……とか。

 俺らが悲愴に見えてたら、芝居なんかつまらなくなっちゃうもんな。
 卑屈に見えてもいけないね。
 テキトーに偉い人たち、たぶらかしてるように見えるぐらいじゃなきゃ、イカン。
 所詮、河原乞食なんだから。

 しかし実際ね。すっごーく大変なんだけど。
 このヒリヒリ感が癖になって来ている部分もあるんだ。
 単なる楽しいじゃない。
 恋のように、楽しくて苦しい、たのくるしい 感覚。
 一度知ると、なかなか離れられなくなる。そして深みにはまってゆく。
 いっそ法的に規制して欲しいぐらい。

 小さな町の食堂のオヤジ、何とか危機を乗り越えて、魯山人様を見送って。
 「オイ、魯山人が、美味かった」と言ったよ。
 魯山人に給仕の作法がなってないと何度か叱られた、ウェイトレスは心身疲れ果て、ぐったりしている。
 こんなこと二度はなくていい。これを最初で最後の良い思い出にしよう……
 小さな店の誰もがそう思って安堵する時、ひとりオヤジの胸の中に、新たな火が点いたりするのである。
 
 次は魯山人にアレを出そう。コレも食わせよう、と……


 創ってゆく、生み出してゆくって、そういうことなんだ。

 そしてそんな風にクリエイターの心に火を点けて、本人が自分でも驚くようなスゴイ仕事をさせてくれるのが、名プロデューサーなんだよ。

 とってもお世話になっているパトロンだけど。それだけじゃない。
 見城さんのお陰で、私は劇作家として、演出家として、自分でも忘れていた私の中にある力を激しく呼び起こされているのだ。
 そして私なりに、絶望の覚悟を決めて、この仕事に打ち込んでいる。

 そんな作品を、11月4日から11日まで、新宿紀伊國屋ホールで上演します。
 平日の夜にはまだお席があります。

 いろんな意見、メッセージを届けて下さる皆さん、ありがとう。
 「恥ずかしくないのか!」という言葉にも、深い導きがあると思っています。
 恥ずかしくない、証を立てます。

 これからも、どうぞ宜しく!

 
 


 
 


 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 


 

 

 

 



 

 
 


 
 
 
 
 
 

 
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 







告白  無謀漫遊記 公開前に

 ちょっと難しいことを書くから、そういうのが苦手な劇団員や、お客様方は読まなくてよろしい。『無謀漫遊記』はひたすら楽しい物語です。

 水戸黄門の物語なのに、時代劇なのに、なぜか革命に挫折した元全学連闘士みたいなやつが登場して来る。 シリーズ第二弾『郵便屋さんちょっと』に続いて、有馬が演じる。 俺の中でそういうイメージだから仕方ない、というか、うちの劇団でそういう人たちの言説を一番理解してくれそうなのが自由君だから、彼に託している。

 つかこうへいを思う時、つい、左翼が気になるのである。
 そもそもつか作品で私が好きなのも、『初級革命講座飛龍伝』だし『戦争で死ねなかったお父さんのために』だ。広末涼子さんとかがやったロミジュリみたいな飛龍伝とは全く違う、ガチに革命の芝居だ。七十年代~八十年前半までの飛龍伝に恋のシーンなんか、全然なかった。

 今の私は、左翼ではない。だから基本的にリベラルな姿勢の現代演劇人たちから、少し浮いている。劇作家協会でも、ちょっと居心地が悪い。だって、左翼が嫌いなんで。
でもついつい、そんな左翼を書きたくなる、そこには左翼への歪んだ思いがある。

 高校時代、左翼=アカを信じるのを辞めようと決意した。
 何にも分かってない小僧時代じゃないか、と言われればその通り。でもかなり真剣に、そう決意した。
 奴らはインチキだと。
 
 しかし、そもそもは左翼が嫌いじゃなかった。
 俺は、マセた理屈っぽい青年だったし、周りのカッコ良い兄さん大人たちは、ほぼ左翼的な人たちだったしな。
 アカっぽい先生たちの方が言うことがイチイチ刺激的で面白かった。
 青春はいつも、反権力から始まるんだ。

 神奈川県立厚木高校でも70年代、学生運動の波は起きていたのだと言う。しかし、古い旧制中学からの伝統校で、同窓会系OBが教員のほとんどを占めていた厚高では先生たちが断じてそれを許さず、共産系の外様教員もろともに徹底的に弾圧して制圧したのだそうだ。

 私は文化祭実行委員長をやっていて、その運営の担当が同窓会系の先生たちだったので、よく当時の武勇伝を聞かされていた。
 夜中に侵入してくる運動派の学生たちを待ち構えて、竹刀で打ち付けたみたいな。

 当時、俺たちの認識では、同窓会系は右翼だった。で、その右翼的教師軍が変な伝統も守っていた。だから、『ホテルカリフォルニア 私戯曲厚木高校物語』に描いたような、或いは『リボンの騎士』にも描いたような、暴力的な応援団も平然と存在した。
 当時もすでに強い非難はあったたんだ。軍隊じゃあるまいに!と。
 そんな意見を同窓会派は、徹底的に排除していた。

 だから、そんな同窓会系派と日教組に与する左翼系教師はイチイチ衝突し、その間に、深い溝があったんだな。
 そして同窓会派が、文化祭担当だったから、左翼系はおのずと半文化祭派となっていた。

 よく言われたもんだ。
 文化祭は教師にとっての時間外労働になるから、やる度に職員会議で揉め事となるんで、下校時間とかは順守するように、と。
 しかし、ホテカルという芝居に描いたように、俺たちの文化祭は歴史に残る画期的なイベントになった。そのぐらい真剣に取り組んで、シラケてた進学校の祭りを盛り上げたんだ。
 その情熱に、担当の先生たちもよく付き合ってくれた。
 右翼だから、情には篤いのである。

 だが俺たちが、必死にやればやるほど、左翼、日教組系は面白くなかったんだろうな。帰り時間も遅くなるしな。革命の志も持たずに、くだらぬ祭りに浮かれる馬鹿な教師と生徒たちと、目に映ったのだろうよ。

 後日、先生たちの間で行われたアンケート結果、というのを担当の先生が見せてくれた。ケンスケは作家だし、大人だから、知っておくのも良いだろうと。17歳だったんだけどな。処女作で話題になってたりしたので、冗談交じりに作家とか、呼ばれてた。

 目を疑ったよ。
 「こんな低級なことに教師も生徒も時間を費やして、嘆かわしいばかりです」
 「もっと他にやることがあるだろうに」
 みたいなことが、ダーッと書かれていた。

 俺は基本的に性善説の人間だから、先生は、生徒のことを思うものだと、その頃はまだやんわりと信じていたよ。
 なによりその文化祭は、とっても手ごたえがあったんだ。俺たちのなかでは凄いことをやり遂げた感があった。
 なのに、そんなことを一滴もくみ取ってくれない教師たちがこんなにいたんだ。

 担当の先生はフォローしてくれたよ。
 でもな、これは君たちへの評価と言うよりも、我々の対立の中で生まれる意見なんで、そんなに気にするな、称えてくれてる意見もこんなにあるんだ……

 容赦ない非難を浴びせているのは、演劇部の尖った先輩たちが、友人のように慕っていた、左翼系教師だった。

 単なる政治的対立で、俺たち生徒はとばっちりを受けたと言うのが真相だと思う。
 きっと左翼先生たちも、革命の話なら、夜を徹しても熱く語ってくれたんだろう。実際、尖った先輩たちには、そういう先生たちから酒を奢って貰って文学の話を夜中までした、なんて自慢していた。
 私もそれに憧れていたのだ。
 で、政治信条とか対立とかを超えても、俺らの頑張りにはエールを送ってくれるものだと、どこかで信じていた。
 
 それが、こうも簡単に、低級などと斬り捨てられるとは。
 心の底から悲しくなったな。
 
 その時はそこまでだ。
 「こいつらは許さん、こいつらの言葉に耳は傾けない」と決めたのは、その後いろいろ考えて、どう考えても、こんな大人たちは尊敬できないと確認が出来た時だった。

 小さすぎるんだよ、イデオロギーに取り込まれてしまった人たちは。

 俺は俺たちが一所懸命にやってることに対して、冷ややかな正論を述べてくれる人よりも、一緒に泣いてくれる人が好きだ。


 実は、その文化祭の前夜。校内に不審者が入って、いろんな展示を破壊するという事件があった。犯人は未だ定かじゃないし、明らかに犯罪なので、ホテカルにそんなことは書かなかったけど。
 歴史的に熱く燃えた文化祭をやっかむ奴らは確かにいたんだ。

 俺が一番大事にした、全校生徒からのメッセージボードの部屋には、そのメッセージたちにスプレーがかけられていた。
 それはハガキを全生徒に配って、言葉でも絵でも何かメッセージを書いて提出してくれ。それを全生徒分、ダーッと展示するから、という企画だった。
 当時で、その枚数1600枚。
 ひとつの教室に隙間なく、ダーッと並べた展示は、ちょっと壮観だったよ。
 
 何しろ進学校で、文化祭なんかに情熱傾けるのはムダだと本気で思ってる生徒がたくさんいる学校だった。全生徒参加なんて、実現不可能だったんだ。
 そこを何とかしようと、俺たちの代の委員たちで企画した。
 
 この事件のことは初めて話すことだな……

 それを夜中に忍び込んでスプレー掛けやがって。
 信じがたい酷いことをされたんだ。
 この企画は実現するのに苦労した。
 企画を進めた時に、こんなこと言って抗議する生徒たちが本当にいたんだよ。

 全生徒にメッセージを強制するなんて、全体主義だ。自由のはく奪だ。

 何人かの生徒がそう言って来たんだけどな。それは明らかに、戦後民主主義の思想だろ。俺は白紙でもいいから、と説明したんだよ。で、実際、どうしても皆と同じことをしたくない奴らの部分は白紙になった。

 違う主義主張があるなら、そこにそれを書けばいいじゃないか。
 
 疑うなと言っても、無理だ。犯人は明らかなんだ。
 そしてその後ろに、あるのは、当時の日教組のうすっぺらい思想なんだよ。
 言い方が悪けりゃ、素晴らしい思想のうすっぺらい実践だ。

 そのメッセージ・ルーム以外にも、いくつかの組の展示が破壊されていたりした。
 文化祭の朝、登校して来た子たちが、精魂かけて作り上げた展示の無残な有様を見て、泣き崩れてたよ。

 担当の先生たちも、泣いてくれた。
 頑張って、修復しよう。こんなことに負けるな、と泣きながら励ましてくれた。

 俺は、今もこの先生たちを尊敬している。

 

 今、取り組んでいる『無謀漫遊記』では、昭和を書こうと思った。平成の終わりだからこそなんだけど、平成は実は、どうでもよくて。
 俺にとっての昭和である。

 昭和の戦後史、は良くも悪くも、左と右の闘いがテーマになってて。
 つかこうへいも、その中に確実にいて。
 ただ、つかさんは、自身の出自、差別への思いなどを巧みに取り込んで、
 気持ちよく、右と左をぶっ飛ばして、笑い飛ばしてくれた。

 自由は、君たちの安直なイデオロギーなんかで実現できるもじゃねえ!
 人と人が真剣に愛し合うことでしか、自由も美しい国も生み出せないのだ、と。

 それは俺の青春時代にもっともしっくりとくる思想だった。
 そして今も。

 だから俺は、つかこうへいを 今も敬愛するのである。
 俺にとっての昭和は、つかこうへいである。

 
 
 
 

 



 
 
  

 
 


  


 
 


 
 

 
 

 


 


 
 
 

 
 

 

 

 

 





前進か死かイボか #無謀漫遊記

 この時代、公的助成ではなく、小劇団が企業のスポンサードを受けて演劇製作しているなんて、稀有も稀有な事例なので、よっぽど横内が上手く幻冬舎の見城徹社長に取り入ったに違いないという、憶測が流れるのもむべなるかな。
 
 しかし残念ながら世界で一番商売が下手な我らに、そんな目覚ましい才覚はなく、
 ホントのホントで、一所懸命やってる舞台『つか版忠臣蔵』を、六年前に、見城さんがたまたま見て下さって、とても気に入って下さり。

 こういう舞台をもっと多くの人たちに見せたい。支援するから、続けるつもりはないか?

 と言って下さってスタートしたのである。
 疑うなら、見城さんの最新著書『読書という荒野』を呼んで欲しい。ご自身の手で、そのいきさつが綴られている。

 だから、これはガチの勝負なのである。
 舞台上で、幻冬舎の名や、見城さんの名を連呼したりするけど、それは、つかこうへい先生がよくやっていた、つかスタイルの踏襲だし、そこに込める気持ちは、ゴマをするというよりも、このご時世に支援して頂いていることへの深い感謝の思いである。

 そして問題は、常に舞台の仕上がりだ。
 我々にはこの支援を受けて「こういう舞台を作り、見せ続ける使命」があるのだ。
 それが出来ぬなら、幻冬舎シリーズも継続はない。

 正直、ゴマすりで成立する仕事の方が楽である。
 だって、傑作じゃなきゃイカンのだよ。
 麻雀で言えば、満貫縛りの場況である。高い役でなきゃあがれない条件のゲーム。

 しかも、見城さんは割と公的な場所でも、横内は天才です。とか発言して下さっている。
 この上なく有り難い話だけど、そこにかかるプレッシャーというものは、諸君、君たちに想像できるかね?
 私、こう見えて結構、腹の座った所があって、イザとなると、俺が腹斬りゃいいんだろ、みたいなヤケクソ精神モードには入れるんだけど。
 やっぱりカラダは正直で。

 この本の執筆中、なぞのイボが、額(ブッダ・ポイント)とアゴ下という、身体のセンターラインに突然出現した。書き上げた時に医者に掛かって、液体窒素で殺して貰ったが、今もその痕跡は残っている。アナル方面は春先に退治したからか、上の方に今度は出て来た。
 ストレスは、確実に襲い掛かっている。
 俺なんてそんな立派なヤツじゃなく、つまらんイボ男ですぜ、とカラダが主張するのである。

 もちろん、どんな作品だって、生み出すことは常に巨大なストレスの掛かることではあるんだけどね。
 幻冬舎プレゼンツの場合、その期待の露出具合がハンパないから、やり過ごすのが大変なんだ。それがイボとなる。

 シェイクスピアが、エリザベス女王のリクエストを受けて、何本か書いたと伝えられているけれど、気分的には、同じである。
 偉い人だよ、シェイクスピア。

 しかし、諸君、そういう大舞台で勝負させて貰えるなんて、作家冥利に尽きることだものな。まして劇作生活40周年だよ。ここを逃げちゃ、ダメだろ。数だけで言えば、シェイクスピアよりも、たくさん書いて来た作家なんだしな。

 そんな闘いの結果を、間もなく皆さんにご覧頂くのである。

 だからって、特別に熱を込める訳ではなく、いつも通り、精魂込めて創り上げるんだけど。
 40年これだけやって来た男が、今尚しびれつつやってるガチの勝負。

 一人でも多くの方に見物に来て頂けたら幸いです。
 腹斬る覚悟も出来てるしな。


 稽古も大詰め。