2017年の終わりに 鬼を笑わせて

 まだ忙しく働いている方々には申し訳ないけど、私は本日にて、ほぼ店じまい。
 
 今年はよく働いた。だからもう休む。犬の散歩とかに精を出す。
 
 驚くべきことに、来年、処女作を書いてから40周年の節目になる。
というか、すでにそこに突入してるけど。処女作を書いたのは、高二、十六歳の夏休みなのでね。来年の夏が、まさに節目。

 区切り的には微妙だけど、高校2年生で、コンクールのための台本を書いて以来、40年、浪人生活とか挟みつつも、ずぅーっと演劇の台本を書く横内君であり続けた。
 その16歳の処女作『山椒魚だぞ!!』が生涯で最も成功したとも言える作品だから、そのスタートはかなり明白だ。
 どこからキャリアが始まったか分からないと言う作家が多いと思うが、幸か不幸か、どこに出しても恥ずかしくないと言うか、いやむしろ凄いね、と自分で思えるスタートなのだった。
 以来、40年である。
 とりあえず、続けて来た。

 普通の職人なら、すでに大名人の域であろうよ。
 それが未だに、どこかの高校演劇部員に、「インドと江戸の絡み方には、もう少し伏線が欲しい。もっと歴史を学んでください」とかアンケートで書かれている。
 どこまで続くんだ、俺の修行時代。

 それはともかく。
 来年はそんなことも少し意識して。
 扉座では、ふたつのことを企画している。

 一つは、うーーーーんと若い人たちとやるということ。
 下手すりゃ、孫ともいえるような世代の俳優たちと。当然、私がキャリアをスタートした時には、生まれていないような俳優たち。
 これは6月厚木市文化会館と座高円寺の『リボンの騎士』。
 かつてV6の井ノ原さんたちの為に書いた戯曲だけど、実は私の個人的な40年前の高校演劇部の頃の思い出を書き綴ったものである。
 高校演劇部の部員にかえったつもりで、毎日詰襟を着て稽古場にいようと思っている。
 有望な若者を集めるために、劇団枠を超えてのオーディションもやる。
 ただし、これはアマチュアや高校生の体験公演にはしない。
 あくまでも、私が力があると思う、若いプロ、もしくはその一寸手前の俳優たちとやる。(ここ大事!)
 ※オーディションの詳細は扉座HPなどで、近日発表。
 ま、何人かは扉座ベテランも混じって貰うかもだけど、そこはまだ未定。昔は、若手公演みたいなのはもっとあって、そこから新戦力が頭角を現すと言う習わしだったけど(特に #茅野イサム が取り組んでくれていた)、最近はちょっと減ってたからな。

 そして、もうひとつは
 秋に厚木と紀伊國屋ホールでやる、新作。
 こっちは、一転して、横内35歳の今を全身全霊で叩きつける、大人の芝居にするつもり。

 こんなこと書き始めたら、いろいろ考えなきゃなんじゃん!と焦り出してドキドキして来る。休んでる場合か、みたいになる。
 ので、今、考えるのはここまでしよう。
 すべては来年のこと。きっと鬼が笑ってる。

 少し遅れたけど、メリークリスマス、そして良いお年を。

 大変なことや心配事も多いけど、また劇場で、ホンの少しそれを忘れていられる時間を、ともに作ってゆきましょう。

 #リボンの騎士 #座高円寺 #山椒魚だぞ!! 
  




 
 

 

 
 




 

 

  
  

 
  
  
 
 

 






 #声だけ天使 の試写を観た

 人のカラダというものは、よくできたもので。
 江戸のマハラジャ が千秋楽を迎えた日曜日。2017年の大山脈を、これで走破したぞと思ったその矢先。まさに歓喜の打ち上げのさ中から、にわかに喉が痛くなり、声がかすれ始めて。おかしいなあと感じ。

 それでも一昨日、昨日と、出なくなった声で、だましだまし予定をこなしたものの、ついに昨夜きっちり発熱。
 大山脈を超えて、さて、ここからお花畑で遊んでやる!とはやる気持ちとは別に、カラダが休め、ボケ、とセーブをかけてきた。

 そんな昨日、声を失いつつ、AbemaTVで1月からスタートする連続ドラマ 
  #声だけ天使 の関係者試写に行ってきた。まだ第1話の完成品、一歩手前のものだけど。
 
 2017年を想定外の大山脈にした原因の仕事。
 完全オリジナルの、1時間連続ものの全10話シナリオ執筆である。
 オリジナルだから原作はない。ひたすら産み出す仕事。
 今年の1月はじめ、サイバーエージェント社長・藤田晋さんとお会いした時には、何も決まっていない真っ新な状態。
 主演も、監督も未定。ドラマの尺さえ、未定、回数も未定。もちろん中身も。
 ただ若い人を引き付けたい、既成のテレビドラマと違う作り方をしたい。
 第一歩はそれぐらい。
 そこから企画を決めて、構想を構築して……3月、『ジパング青春記』で秋田角館に行ってその稽古をしつつ、空き時間で第1話の執筆を始めて。
 それやこれやで、ここに至る。

 実は、ドラマという分野とは、もう無縁で生きていくのだろうと思っていた。
 10数年前、フジテレビで一度、経験させて貰って。決して失敗とは思ってないけど、大当り、とは言えぬ結果で終わり。
 その後、多少のオファーはあったけど、やるしかない!とは思えなくて、舞台の仕事を優先させてきた。
 結果がでなかったのは視聴率。
 でも、それ以上に、終わってみての充実感が乏しかった。その時も何夜も徹夜して、追いかけて来るスケジュールと格闘し、最後にはやり切った感はあったんだけど。
 何か未消化な物があって。
 一言で言えば、それは、
 俺じゃなくても出来たものだな、これは。
 という感覚だった。
 
 その時は、初めての連ドラで、謙虚に臨もうと思った。知らないことだらけなんだから。周囲のプロたちの意見をしっかり聞いて、その中に自分が生きるようにしよう、と。
 その時はやたら会議があった。セリフの一つ、動きの一つについて、プロデューサーやディレクターと会議して決めていった。
 で結果から言えば、その中で生き抜こうというのは、己の過信と傲慢であって、そんななかでひたすら周囲と合わせていこうなんて姿勢でいたら、俺の個人的パワーなんか吹き飛ばされてしまう、ということを思い知ったのだった。
 結果、私は明らかに混乱していた。自分の意見を見失った。

 これ、俺がやりたいことだったのかな……

 作り手がこう思ってしまうことは、敗北である。
 それでも、良い結果が出ていたら、まったく違う感想が持てただろうけど、そこもイマイチだったから、今後は無理してここに居なくてもいいかな、という感じになった。
 心の奥底に、一抹の寂しさと、悔いを残して。

 支えてくれたスタッフは皆、良い人たちだったし、良いものにしようとして意見を闘わせたことに嘘はなかったからな。ただ、俺が貫くべきものを貫かなかった、俺が挑戦しなかった、という悔いである。
 違うかもだけど、ゴール前の決定機で、たとえ失敗しても、俺がけり込むべきボールを人にパスして、結局得点できなかった、みたいな後悔かな。

 今回引き受けるにあたっては、そこだけは悔いを残さぬようにしようと決めた。
 もちろん会議はあるし、私の考えとは違うアイデアや構想がそこで生まれて、それを飲み飲む局面は少なからずあった。
 実際、出来上がったシナリオは、当初のプランとも随分違っている。

 ただね、その局面局面で、けり込むべき時は俺がけり込む、という姿勢を続けて、実際にそうシナリオに書き込むことは貫けたつもりである。
 常々、映像は最後は監督のものだと思っていて、シナリオは監督、俳優たちへのラブレターみたいなものだと感じるんだけど、とりあえず、俺の思いはまっすぐに伝えたぞ、と。
 そういう意味で、2度目となった今回のチャレンジでは、前回とは違う闘い方が出来たと思っている。

 そんな思いが詰まった、#声だけ天使 第1話の試写であった。
 自分の仕事だから、何といってもインチキ臭くなるので、多くを語るのは辞めとくけど。
 
 まず尾形竜太監督は素晴らしい手腕を発揮していると思う。
 俺の古臭い言葉使いを、上手にポップな絵の中に溶け込ませてくれて、現代的な命を授けてくれている。どこを切り取っても、絵が弾んでいて、セリフのないシーンでも、常に何かを語り掛けて来る気がした。伝えたいことがあるんだ、という力を感じた。
 そして、俳優たちがさ。
 とにかく、見たことのない人たちばかりで、主人公ケンゾウは、例えば月9で活躍した○○君とか、○○のCMの人じゃなく、この話のケンゾウ以外の誰でもなくて。
 しかも、激戦のオーディションを勝ち抜いた人たちばかりだから、それぞれにちゃんと芝居が出来て。
 このドラマを紡ぐために存在してる感が、ハンパなくて。
 有名俳優が出演しないことが、ショボいのではなく、むしろ豊かなことだと感じさせてくれる。これは声高に、自慢したくなることだ。

 フジテレビ・エグゼクティブディレクターの河毛俊作さんに、先日、偶然お会いしたんだよ。で立ち話してね。
 実は久しぶりにドラマのシナリオ書いて、と報告した。
 で、誰でやるの?と当然、役者の名前になるよね。
 河毛さんがご存知なのは、うちの岡森ぐらいじゃないですかね、オーディションで選ばれた、ほぼ無名の人たちです、と言いました。
 すると河毛さんがね。

 それが本来あるべき姿なんですよ、と。

 結果が、どう出るかは分からない。
 AbemaTV 社運がかかってますとか、スタッフはよく言ってて、重い責任を感じざるを得ないのではあるが。

 俺に悔いはない、と思った。

 
 

 

 
 

 
 

  

 
 
 
 

 
 
  
 
 

  
 
 
 

 















打ち明け話 ネタバレ中

 たまーに、某劇団員が出ています。まったくの不定期で、私ですら、いつ出て来るのか不明です。舞台後半、舞台袖から、その声が聞こえて来て、おお今日は来たのか、間に合ったのか、と知る状態です。同期の犬飼淳治の、一世一代の晴れ舞台ということで居ても立ってもおられず、他の仕事の合間を縫って、馳せ参じて登場しています。

 20数年前、今ならば、まっさきに告発されそうな、劇団内奴隷制度全盛の時代に、同期の新人奴隷として青春を過ごした者同士。熱い友情として、見守って、或いは見過ごしていただけたら幸いです。
 
 ちなみに一応、役名はあって、杉田蛋白先生。江戸の老医者です。
 名前までついてますけど、登場する時としない時があるぐらいですから、ストーリー的には、ほぼ関係ありません。

 ラクイブナイトは確実におりますよ。千秋楽前夜のイベントは、余程のことがない限り、彼の責任担当と決まっていますから。今のところ、通常通りのバカイベントが予定されています。

 ところで、この #江戸のマハラジャ
 あまりに、ごちゃまぜテイストなので、こんな話どうやって考えたのですか、と何度かご質問を受けました。ちょっと精神状態を疑われている気配とかもありつつ。
 頭の中は、大丈夫?と。

 夏から秋の頃、あまりにいろいろ重なりすぎて、かなり危険な時期はありましたが、とりあえず発病だけは回避して、市民生活を営んで参りました。

 今回の創作は、いわゆる三題噺でした。
 落語で、お客様からお題を頂いて、それをひとつの話にこしらえる、という創作方法。
 幕末~明治期の名人・三遊亭圓朝の名作『芝浜』なんてのが、その代表と言われています。
 「革財布」「酔漢」「芝浜」のみっつのモチーフを、お客から貰って、即興でこしらえたとか。まあ、伝説ですが。

 「ラッキィ式ボリウッドダンス」「江戸」「テロリスト」
 の、3要素を先に決めて、さて、これをどうつなげるか、を考えて創ったのが今回の
 #江戸のマハラジャ でありました。
 お客さんから頂いたわけではなく、自分で決めた3題ですが。これを決めた時には、明確なストーリーはまったくなく、とにかく、お前、このお題で作れ、と俺が俺が命じたわけです。

 その創作過程では、歌舞伎で有名な、江戸の魔人でインドに行って帰って来て、巨大ガマガエルを操って幕府転覆を謀った 天竺徳兵衛 とか。その未亡人とかを、出そうとして、
 四苦八苦した時期もあります。
 その時はまだ「江戸」のキーワードが、大きく江戸に留まっていて、今、舞台としている、裏長屋に結実していなかった。お家騒動的な、活劇的時代劇の可能性もあったわけだ。
 しかし、いろいろ考えるうちに、ヤッパ、うちの役者たちが生きるのは、幕府とか、ご城内ではなく、貧乏長屋だよね、という結論に辿り着いて、二本差しは、野田翔太ひとりという現行の状態となったわけです。
 武士の代表が、野田くんになったところで、作家は本作において侍世界を描く気をゼロにした、と言っても過言ではないでしょう。

 さて、もうひとつのテロリスト。
 これはねえ、実は私が、いつか超シリアスにして社会派の問題作を作ろうと思って、ずーっと暖めて来た大切な素材でありました。
 今回のインドの謎の工作員なんてのは、まやかしのヌルヌルも、いいところで。

 例えば、オウム真理教とか、北朝鮮とか、ISとか。リアルにそういう背景をしかと描き込んで、一歩も下がらず、厳しき姿勢で世にまことを問う事件的な作品にしてやろうと。
 そういう組織の工作員が、任務を持ちつつ、社会に紛れ込んで、近隣の人たちを騙して市民生活に潜むんだけど、なかなか作戦実行の指令が届かなくて、その間もひたすら、その社会に馴染む努力を続けた結果、誰よりも立派な市民生活を送り続けるようになった、みたいな。
 オウム事件の逃走犯が、偽装して逃げている間に普通に会社で働いて、結婚して、市民生活を送っていたところを、ついに捕まったと言う事件があったけど。
 その結婚相手が、彼女との生活は幸せだった、みたいな発言をしてると聞いて、劇作家は涙を禁じ得ず、いろんなことを夢想していたわけです。世の人々がなんと言おうと、俺だけはこの二人に寄り添うべきなんじゃないだろうか、とか、頼まれてもいないのに、変な使命感を持ち始めて。
 
 それを今回、時間的に切羽詰まったところもあり、豪気に使ってもうた……
 厳しき姿勢のカケラもなく。
 バカバカしいストーリーとして。

 ま、幸いにしてこうして皆様に面白がって頂いているので、まったく後悔はしてませんが、
 高級キャビアを、カレーに混ぜて煮込んじゃったみたいな、贅沢と言えば贅沢で、モッタイナイといえばモッタイナイ。
 そんなゴチヤマゼ世界が、#江戸のマハラジャ なのでした。

 今日の日記は煽りというより、備忘録。
 キャビアを惜しげもなくぶち込んだこと、自分でさえ忘れてしまいそうだから。
 
 

 
 

 
 
 

 
   
   

 

 

  
 
 

  
  
 
 

 

 









#江戸のマハラジャ あと少し

 私がこうして日記を更新するのは

 ① どうしても訴えたいことがある時
 ② ぜひ書き留めたいことがある時
 ➂ 必死に宣伝したい時

 のパターンがある。
 すでにお気づきと思うが、今回の突然の日記更新ラッシュは、主に ➂ の理由である。

 厚木を仕込んでたあたり、東京公演は壊滅的状況で、もしかしたら、舞台に乗る人間の数が、客数を上回るのではという危惧さえあった。
 以前泊まった、バリ島の高級リゾートホテルがお客様お一人に対して、マンツーマン以上のスタッフ体勢でケアしていると、売り文句にしていて、確かに分厚いケアだったが。
 それ以上の対応である。
 しかしこっちは高級ホテルじゃねえんだから。舞台でマンツーマン、もしくはそれ以上体勢でお客と向かい合うのは、お互いに辛い。

 で、なりふり構わず、発信作業をしてきたわけだ。出演者も総力で。
 幕が開いて、つまらんといううわさが流れて、お客さんが来ないと言うなら、それはもう仕方のないことだが、幕開き前なんだからな。

 新感線公演のプロデューサーの細川さんと、以前、松山大街道あたりでご馳走になりながら、話して印象的だったのは
 今、舞台の公演で、売り出しと同時に売り切れないようなのは、それで失敗だから、という言葉。
 常に即完を続ける希代の大プロデューサーならではの、強気にして頼もしきお言葉であった。
 その言葉に反感を感じる人も少なからずいるだろうけど、ロングランシステムが確立していない、我が国の演劇事情では、大きな説得力を持つ。
 
 笑っていいとも、とかに役者が出て舞台の宣伝するでしょう。間もなく開幕です、とか。
 アレ出て来るたびに、ああゼンゼン売れてないんだな、と思うでしょ。
 そもそも今、テレビなんかで告知しても、たいして人は動かないのに、ヤバい状況なんだねと、それを宣伝してるような逆効果なんだよ。

 ロングラン可能ならば、幕開き当初はガラガラだったけど、徐々に評判が上がって、延長続演からのロングランに至った、というのもありだけど
 わが国では日にちが決まってるから。とりあえず一回バラし、再演の機会を待つしかないんである。しかしいくら中身がよくても、一度採算の採れなかった舞台の再演はまず有り得ないのである。よっぽどプロデューサーに自信があるか、捨て身の意地でも張らない限り。
 
 ちなみに、我が扉座、チケット販売と同時に完売、ということは長い歴史の中で一度もありません。個人的には、そういう公演に関わったこともあるけどな。
 劇団では皆無。
 一度で良いから、そんな目に遭ってみたい。

 ただね、
 あらかじめの、満席完売は確かに気持ち良いし、特に私のような経営者にとっては、ぜひそうしたい理想なのだけど
 クリエイターとしてはね、ちょっと寂しさを感じることもある。
 だって、舞台の仕上がりに関係なく、盛り上がってるという話だから。
 再演は別だよ。再演は、発表から盛り上がってくれなきゃ、何でやるのか、分かんなくなる。
 
 贅沢なことを言うなら、中身で評判とって、お客さんを得たい。増やしたい。

 劇団員たちには、そんなこと絶対言わせませんよ。
 そんな呑気なこと言って、大赤字くらって借金背負うのは私なんだから。

 あくまでも、一クリエイターとしてね。
 
 そういう意味で #江戸のマハラジャ 社長としては甚だ、頭の痛い滑り出しでありました。(※厚木公演は、客席もほぼ埋まって、けっこー盛り上がったのに)
 すわ 高円寺にて死す、これにて解散か、と。
 ぜんぶ犬飼のせいにしよう……と。

 しかし、総出の宣伝の甲斐あり、また開幕してから、舞台を見た少なからぬ皆さんが好意的なツィートなど拡散して下さったお陰で、じわじわと埋まり始めています。
 皆で精魂込めて作った作品がピンチを救ってくれるような、理想的な大団円に至るまで、あと少しというところ。
 
 にしても、関連業者でも親戚でもないお客様がね。

 扉座はおすすめ!とか。
 江戸のマハラジャ 見るべき!とか。
 
 世界に発信して下さっている書き込みなどを見る度に、有り難くて涙が出ます。
 昔は口コミとか言っていたものだと思うんですが

 今は、それが目に見えるカタチで、我々の前に並ぶので、喜びも深いです。
 目下、そういうご声援を一番の頼りにして、日曜日までの公演に全力で臨んでおります。

 明日火曜日の7時から、公演再開。
熱いご声援に感謝しつつ、その思いに報いる決意を更に高めて……

 皆様のご来場、心からお待ちしています。