2018年 4月1日

  昨年10月、上演中の事故で大怪我を負った猿之助さんが、ワンピースの舞台に帰って来た。
 セリの内部装置に、衣裳の裾を持っていかれて、巻き込まれ、一部開放骨折を含む左腕全9か所の骨折。
 歌舞伎役者がそれも、踊りの名手が、大事な腕を負傷した。

 まだ完治じゃないと言うけどね。
 猿之助ルフィが帰って来たよ。
 
 そこそこ長く生きて来て、演劇生活もずいぶんになって、個人的にいろんな記念日がすでにあるんだけど、
 生涯忘れられない日になった。

  ここに至るまで、打ち合わせでも稽古でも、ご本人はずっと陽気にしてて、ピリピリしたところは見せなかった。
 半袖Tシャツで稽古して、まだ残るたくさんの傷跡を隠そうともせず。
 実はまだリハビリも続いているそうなたんだけど。
 エイプリルフールだから、囲み取材に無事だった右手を吊って登場して、ついにこっちもやっちゃいましたとか言おうか、なんてゲラゲラ笑ってて。
 
 そんな感じだったもんだから、何だか普通の再演のような雰囲気で最後の舞台稽古まで終えてしまったけど、いよいよ初日という時に、全員集合した時に、
 突然、そうなんだ、今日は特別な日なんだと、突然スイッチが入った気がした。

 猿之助さんは、それでも平然としてたけどな。
 僕のことで話題になるのは仕方ないけど、舞台の力でお客を呼ぼうよ、と言ってね。

 それでもその時、たぶん劇場の外に集まってくれてた、待ちきれないお客さんたちの気が、中にまで入って来たんだろう。
 みんなみんな、この日を待っていたんだ。
 心の底から。
 もちろん、我々一座の者たちも。
 ただ、それを無事に迎えるために、過度な思い入れや、感情を殺してここまできた。

 その封印が開幕と共に、一気に噴き出したな。

 客席も舞台上も。
 猿之助さんは、どんなに熱い拍手を浴びても、あくまでも長い公演のうちの一回、という姿勢や雰囲気をなかなか崩さなかったけど。

 稽古中は「お陰で、ほぼ治った!」とか「まだ一部、ひっついてません!」とか笑えない冗談で叫んでいた、二幕ニューカマーランドでの、ルフィ復活のシーンで、ついについに
 「お陰で治った!」と叫んでくれて。
 それを迎える、百鬼夜行のこしらえの、とうてい真面目にやってるようには見えないメイクのニューカマーたちが、溢れ出す涙でグジャグシャの顔になりつつオカマ声の歓声で応えた時。

 舞台も客席も感情が崩壊し、芝居が一瞬止まり、さすがのクール猿之助の顔も白塗りの下で紅潮したように見えたのは、俺だけではないと思う。

 今回改めて稽古して気付いたが、
 #ワンピース歌舞伎 は手の物語である。
 手が伸びる海賊の話で、手が伸びるダンスはあるし、
 ゆずの歌う主題歌のタイトルは 手と手=『TETOTE』だし。

 その芝居で、
 尾田栄一郎先生もパンフレットにそういうことを書いておられるけど、虚構と現実が混然とし、不思議な運命みたいなものを感じずにはいられないのである。
 なんでよりによって、手の大怪我なんだ。
 芝居の間中、ずっと我々は 手のことを思わぬわけにはいかないんだ。
 そして、その手がひとつなぎにつながれて、TETOTE の祭りになる。
 ひとつに合わされて祈りになる。

 そしてもうひとつ、#ワンピース歌舞伎 は傷ついた超人が、自力ではかなわぬ時に、助けてくれる支えてくれる他者=仲間たちの存在の大きさを噛みしめる物語である。
 ルフィもエースも白髭のオヤジも、他人の力を宛にしないスバ抜けた、常ならぬ人だけど、この物語では仲間たちに深く深く感謝する人たちとなる。

 これは猿之助さんがパンフレットに書いていて、
 終幕近くの、ジンベエ親分に、ないものはないんだから、あるものを思い出せ!と言われて絞り出されるルフィのセリフ
 「仲間がいるよ~」
 を今回は心から叫びたいと言う、まさにそのシーンで、
 2018年、4月1日 たぶん午後8時35分ごろだな。
 その言葉が松竹座に響いた時、

 その瞬間は、永遠になった、という気がした。
 本当は、伝説になった、とも言いたいけど。それは後の世の人たちが決めることだろうから、ここでは個人的な思いに止めとく。

 それは尾田先生がマンガの中で書かれた言葉である。或いは舞台作品という虚構の中のセリフである。
 しかし、この時、たった一言のこの言葉は、我々の心と肉体に染み入り、現実の人生に深く深く刻みこまれて、二度と消えることのない真実になった。

 大げさではなく、本当にそんな気がしたんだ、この時に。

 奇跡なんて単語でくくるのは申し訳ないほど、まずはご本人が大きな痛みに耐えて、歯を食いしばってリハビリに努めたはずだ。そしてこの事故に対する責任という意味で、私を含めて多くの人が、重い反省と後悔を噛みしめることになった。
 もしかしたら、こんな時は二度と来なくて。
 ただただ悲しみの出来事としてのみ、人々に記憶される可能性だってあったんだ。

 でもそれを、こんな喜びに変えてくれた、猿之助さん。そしてそれを支えてくれた多くの人たちに、どれほど感謝してもし足りない。
 エンポリオ・イワンコフ様は、奇跡は諦めない奴の下にしか起こらない、と仰せだが、

 大きな努力と、多くの人の祈りの上に、たぶんほんの少しの幸運が重なったのだろうな。
 その幸運を奇跡というなら、この奇跡に出会えた者として、
 それらの感謝の思いを、今、私たちがやっていることにしっかりと込めて、仕事をしてゆこうと思う。

 諸君、この世界では、いろんなことが起こるものだよ。
 そして悲しみと喜びは、本当に表裏一体だ。まるで演劇のようにね。

 そして、そのどちらもが、私たちに人生の意味を教えてくれる。

 辛くなったら、私は2018年4月1日を思い出すことにする。

                         大阪にて