五十嵐を誉める

 劇場で稽古の日々。
 歌、踊り演技と同時に、照明とか転換とかも調整してゆく。
 あれこれ同時に見なきゃならんからタイヘンだけど、いつもは劇場に入って、長くても3日ぐらいでやることを10日以上かけてやれるこの贅沢。

 で目下、新作『幕末ガール』烈しく、仕上げに取りかかっている。

 とはいえ、おそらく東京方面では、この舞台カケラも話題になっちゃいないだろう。
 だからこっちからせっせと、発信する。

 こっちじゃ、松山の繁華街とか、松山のお城に行っても、あちこちに、ポスターとか貼ってるんだが。
 
 もっとも今日、泊まってる、利楽村の従業員さんから、どんな役を演じられるんですか、と訊ねられた。
 館内に50枚ぐらいチラシ貼ってあって、ワタシの顔写真とかも、あちこちに出てるんだけどね。
 こっちでも、その程度だ……ぐうう。

 長く取り上げてくれるはずだった地元NHKの番組は、
 亀井静香の空騒ぎ問題で、飛んでしまうし……ぐうう。 

 従業員さんには、
 ワタシはオイネを怪人から救う、貴族の役です、と言っておいた。

 ところで、そのオイネ。

 実はこの舞台では、ふたりいて、若い頃と晩年のオイネと。
 扉座公演『首斬り朝右衛門』でも使いました。ビフォーアフターの、ふたり一役システム。

 晩年オイネは、劇団民芸という老舗から、ベテラン実力派の戸谷友さんが客演してくれた。
 若オイネは、『アトム』にも出ていた、元劇団四季の五十嵐可絵さんがやる。

 どちらも東京の人だが、一年間、愛媛に住み込んで、この舞台に出るのである。
 
 ふたりとも偉い。
 中でもワタシにとって『アトム』に続く2度目の仕事になる、五十嵐可絵を、ここでは大きく称えて宣伝したい。


 今も続演中の『アトム』の新宿文化センター公演の際、新宿はわらび座のショーケースになるスポット舞台なので、通常キャストじゃなくて、ゲストを入れて派手にやるのだ、

 と、わらび座が言って、
 ヒロイン役に連れてきたのが、四季で『マンマ・ミーア』の娘役などをやっていた、五十嵐可絵であった。

 ワシはわらび座オリジナルキャストのヒロイン碓井涼子のことを気に入ってたので、わざわざそんなことしなくても、と少し抵抗したのであるが、
 大人の事情チックな感じで、押し切られた。

 後で聞けば、五十嵐も相当なプレッシャだったそうだ。
 だって、碓井もキレイだし、歌声も澄んで美しく、ちゃんとヒロインつとめてたし。

 しかも、可絵はそれまで四季でしか芝居をやって来なかったから、不安も大きかった。
 四季式演技法や発声は、他のカンパニーで、受け入れられないことが多いのである。実際、今の時代のリアルとずれてるとワシも思うし。

 その時も、案の定、そんなきっちりしゃべらなくていいんだよ、もっと現代的に生き生き台詞言って。イマドキの女の子の姿を見せなきゃイカンのだから。

 みたいなとこから稽古は始まったワケだが。

 でも可絵クンは、実直に『アトム』に取り組んで、ワシの求める変な顔とか、グダグダしゃべりも、自分のものにしていった。

 そしてその後、涼子が新作に移るときに、自ら名乗り出て、ツアー公演にまで参加することになったのだ。

 新宿はあくまでもゲストだったけど、ツアーとなると、一緒のバス移動、仕込みやバラし、衣裳の洗濯も分担でヤルという、かなりドサ周りチックな仕事になる。
 現実的には、格落ち的な、契約だったはずなんだけど

 やれて嬉しいです、と嬉々として、ツアーに出ていった。

 お嬢様の気まぐれ、とワシも思ったものよ。
 四季で、格式高く、お行儀良くやってきた、世間知らずの女優さんが、貧乏ツアーを珍しがり、田舎の劇団員たとともに汗と泥に汚れていくのを面白がってるだけでしようと。

 でも、その嬉々は、半年続き、
 気が付けばわらび座の、女番長・椿千代の舎弟となって、チーママの如く、常に行動を共にして、舞台でもツアーの柱となった。

 で
 迎えた今回の『オイネ』である。

 今だから言うが、ワシはオイネは椿千代でやりたいと言い張っていた。
 この場合は、一人一役だ。

 で、女一代記の王道をいって、椿千代の代表作にしたいんだと。

 んが、椿千代は、わらび座にとって、最終兵器みたいなもので、一年間、愛媛に行かれたら、困るということで、かなり粘ったけど、実現はしなかった。

 んじゃいったい、誰がやるのよ、オイネなんてスーパーウーマンを。幕末のハーフの女医よ。
 そんなの誰がやれるのよ。

 と、きつく攻めたら、わらび座・制作の笹本女史が、
 可絵さんが出たいと言っています、と目をシバシバさせて言った。

 だって可絵ちゃんは、東京の大手事務所の所属で、ギャラが合わないんじゃないの?

 安いわらび座とかに出られるように、フリーになるそうです。

 何ヶ月よ?

 一年やる、と仰ってます。

 目をシバシバさせる笹本さんの前で、ワシは軽く絶句したものよ。

 坊ちゃん劇場のようなところで一年頑張るのは、なかなか面白いことだし、その苦労に報いるだけの舞台にはしようとワシも密かに闘志は燃やしている。

 それは主役に限らず、舞台に関わる人たちにとって、得になるよう、儲けになるよう。
 脇役だって、儲け役にしなくちゃイカンと思っている。
 んで、一年やる間に、この舞台で、愛媛を超え、四国を越え、全国に名が轟くような事件や現象を引き起こせないかと。
 まあ、野心というか、半分ファンタジーだけど。

 でも、所詮こっちは初日を開けたら、東京に舞い戻り、羽振りの良い芸能人にたかって、西麻布でチャラチャラ遊んだりするのである。

 役者はそうはいかない。
 ここから270ステージ、ずーっと利楽村だ。

 普通に考えたら、一年間東京を離れてマイナーな舞台に立ち続けることは、特にミュージカルみたいな煌びやか世界のものの場合、
 避けて当然のことだと思わざるを得ない。

 可絵クンは、そもそも東京に仕事のある人なんだからな。
 
 それを喜んで利楽村に行くというのだ。
 『アトム』が大好きなので、新作に立ち上げから参加できたら、嬉しいのだと。

 この気持ちに応えなくて、どうするのだ、横内、とワシはワシに言いましたね。
 
 んで、まだまだ千代さんほどの貫禄はない、可絵さん用に、晩年イネを別役で仕立てて『幕末ガール』を書いた。

 そういう意味で、キッチリ宛て書きである。

 実は『アトム』の時、彼女とは接点は極めて小さく、稽古した時間も短い。なにしろ数日の入れ替え稽古だったし。
 じっくり話し合ったこともないに等しい。
 
 でも、こんなに信じられる役者も、滅多にいないだろうと痛感した。
 そしてその実感を頼りにして、今までにない、誰も想像したことのない、オイネを作り出そうと思った。

 可絵クンは、思った通り、その期待に応えてくれている。

 今回はどっかで、きつく衝突しなきゃイカン時もあるかもと覚悟してたけど、
 それ以前に、準備と、取り組みに怠りがなく、むしろ、飛ばし過ぎを留めることの方が多かった。
 小返しも常に全力で、これじゃ3日目で声を枯らすんじゃないかと、
 
 本人は、
 ちょっとハードに変えたいんで、一回潰そうかな、と思ってます、とか。
 物騒なことまで言って。

 競馬で言えば、かかり気味に向こう正面を走っています、という感じ。
 その後、折り合いが付いて、今は、第4コーナーをゆっくりと回っているところ。

 騎手としては何もせず、ゲートからほぼ馬成りで、ここまで来て、まだ手応え充分、脚を残して、最終の直線に臨むという、絶好の勝負気配である。

 たぶんムチももういらない。
 振り落とされないよう、あとはしっかり手綱を握っているだけ。

 馬券なら、五十嵐単勝、有り金全部ぶっ込んで鉄板、間違いない、とビールケースの上に立って声を枯らしたい。
 
 で、その結果が間もなく公開になる。
 
 東京ならね。
 見に来てと声を大にして、お誘いできるんだけど。何しろ、利楽村なのでね。

 良いものは良い、と利楽地区の人たちにも伝わると信じるし、そのために創っているのだけど

 五十嵐がやってることのレベルの高さと、新作のタイトルロールを演じきって『幕末ガール』を傑作にしようと全霊を賭けて取り組む、志のスゴサは、
 多少この世界の訳知りだったり、目利きだったりする人にぜひ知って欲しいと思うんである。

 ま、それをきちんと広めていくのがワシの役目というものなんだろうが。
 とりうえず代官山でチャラチャラする時も、一回は『幕末ガール』の五十嵐を観てくれ、と発言することにする。

 そして
 利楽村周辺の人たちは、そんなたいしたものが身近にあって、これから毎日続くことを感謝して、この公演を味わい、支えて頂きたいと思う。

 これは、きっちり人生が掛かってる舞台なんだ。
 チケット代も安すぎるぐらいだよ。

 
 身近にあるスゴいものの価値に気付かないのが、日本人の大きな欠点です。常に素晴らしいものは、海の向こうや遠くにあると思いこんでる。

 井上ひさしさんの言葉である。


 

 
 
 


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