井之上隆志さん

 新国立劇場で、茅野イサム演出の『いとしの儚』で、
 赤鬼をやってくれて

 岡森の赤鬼とは、まったく違う、軽妙でファンキーな鬼で。
 喜んで、浮かれたら、踊り出すような、鬼で。
 でも、そのちょっとしたアドリブ・ダンスが、

 懐かしのソウルトレインみたいな雰囲気で

 日本のオッサンなのに、リズム&ブルースで、粋でクールで
 
 黄金期の浅草みたいな人だった。(そんな浅草知らないんだけどね)

 六人の作家に恋の短編を委嘱した『大人lovelovelove』 をシアタートップスでやった時、客演して貰った。

 巨匠・鈴木聡さんに依頼して書いてもらった短編で演じた、
 小さな町工場に左遷になったオッサンは、絶品だった。
 ニート役の岩本達郎と、不倫相手の工場の経理役の鈴木里沙と。

 三人が、どうでもいいようなことを、雑談しているだけなんだけど
 くだらない会話の中に、行き詰った生ける屍みたいな中年男の哀愁と、でも死んでない、打っ屈したエロスが漂う。

 終盤、突然里沙のパンストを破き、激しい性愛のラブシーンとなるのだが
 (里沙は、今のところ、これが舞台でキスした唯一の経験であると言う)
 ここが哀しいくらいにおかしくて、
 しかし、ゾッとするような色気に溢れていた。
 井之上さんの撫でる、里沙の太ももで、ドキドキしたもんな。

 和製ジャック・ニコルソンだと思ったよ。

 もっともっとその仕事が見たかった。

 いつか、私が演出する公演にも出てね、出してね、と約束していたのに。

 芝居ってな。
 消えて行くからな。
 やっている、その時が、すべてだからな。
 恋と同じで、その時の輝きが、何物にも代えがたい命でな……
 そして強い強い思い出だけ、残してゆく。

 その真理を噛みしめる。
 
 あなたみたいな色気のある面白い俳優が、世界には必要だよ。
 受け継げるものがあるなら、だれか、しっかり受け継いでくれ。
 せめて、追いかけてくれ。

 合掌。
 
 
 

  
   









関連記事

この記事のハッシュタグに関連する記事が見つかりませんでした。

アーカイブ