扉座
 

 見城さんから頂戴したメッセージの中にある「横内はカラダが弱いのか?」という、つかさんの感想は、その後、見城さんから伝えて頂きました。もはや三十年近く前の話です。神とも仰ぎ見る憧れの方からのお言葉だったので、嬉しく思いつつも芝居の感想としては、どう解釈すれば良いのか戸惑いました。特に病気持ちでもありませんでしたし。すると見城さんが丁寧に説明して下さいました。
  「登場人物がふたりぐらいシーンのセリフは良いが、大勢出てくる場面でのセリフが弱い。もっと鍛えて体力を付け、大勢を捌くチカラを付けなきゃイカンということだよ。君が健康であることは僕が伝えておいたからね。カラダに良い物を食べに行こう」
  神からの思いがけぬダメ出しで、血の気が引いていた青二才の劇作家にそんな言葉をかけてくださる見城さんの微笑みがどこまでも優しくて、こういう大人になろうと心に誓いました。
  そんな励ましを受けて私は、当時住んでいたシモキタの出来たばかりのスポーツセンターに慌てて入会し、毎日泳ぐようになりました。そして大勢の登場シーンを書く時は、プロ野球の先発投手のように数日前のジョギングから始め、徐々に肩を作り、栄養価は高いけれど消化の良い物を摂って調整する習慣を付けるようにしました。
  その後、群衆のニナガワと呼ばれる演出家・蜷川幸雄さんとのお仕事の機会を頂き、無事やり遂げられたのも、この時のアドバイスとお導きの賜物と感謝しております。
  「今や横内独自の劇世界があるのは分かっている。でもね、僕はこの時代の人たちに、全盛期のつかがやっていた、過剰に熱くて、笑えて泣ける舞台を見せたいんだ。嫌でなければ、つかスタイルの舞台を時々やってくれ。出版界は今大変だけど、ああいう舞台を人々に届けられるなら、喜んでサポートする」
  この気持ちに死に物狂いで応えずして、何の男か、芝居者かと身が震えます。嫌なことなどあるはずもありません。好きで好きで、つかさんを真似することからのめり込んだ芝居書きです。ただ前作『つか版・忠臣蔵』が上手く出来過ぎて、かなりハードルが上がってしまいました。しかし見城さんが仰る、つかスタイルを掴むためにも、新たなチャレンジをするべきだと考えました。『郵便屋さんちょっと』は、つかさんの処女作に近い作品です。つか的な諧謔と時代風刺はしっかりありつつ、後年の作品には見られない純情に溢れた童話のような小品です。処女作には作家のすべてがあると言われますが、偽悪の奥に在るこの純情こそ、不世出の劇詩人つかこうへいの真実ではないかと私は考えます。
  但し郵便局の設定が現代とは食い違いすぎるし、扉座で取り組むのには登場人物が少な過ぎるという問題がありました。そこで他のつか作品からのシーンやキャラクター、セリフの引用などしつつ2016年扉座版として脚色するお許しを、つかこうへい事務所様にお願い申し上げ、ご許可頂きました。「『つか版・忠臣蔵』のように創り上げて下さい」という有り難いお言葉まで頂き、そのご厚情に感謝致します。

横内謙介