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横内謙介 連続対談 「メットをかぶれ!」
第1回 広井王子
<横山智佐さん、飛び入り参加!> |
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横内 |
広井さんと知り合ったのは、うちの芝居を観に来てくださったことが最初じゃないですか。その前にスーパー歌舞伎を観に来てくださっていて。 |
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広井 |
はい。『新・三国志』を観に行ったら、ぼろ泣きして…。デジタルの世界の人間が、勉強しなければいけないことが詰まってる。『新・三国志』は、僕にとって大事なお芝居。
で、その脚本を書いた横内謙介と会える、という話を、ある日突然『サクラ大戦』の衣裳部さんから言われ、ビックリして会いに行ったんですよ。 |
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横内 |
それが忘れもしない『いとしの儚』のロビーだった。そこから急速におつきあいが始まり、茅野が『サクラ大戦』のスタッフに参加し…、でも、僕のなかで決定的に距離が狭まって、同士だって感じになったのは、ラスベガス(旅行)なんですよ。 |
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広井 |
楽しかったですねえ。 |
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横内 |
その頃、なんとなく『O』の噂を聞いていた。ラスベガスのショーが凄いぞって。たまたま広井さんも、『O』を観にラスベガスに行かなくちゃいけないんだ、みたいなことを言っていて。まったく違う業界にいるにもかかわらず、ラスベガスが呼んでる、と(笑)。 |
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広井 |
(笑) |
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横内 |
博打もやったけど、語り合ったのは、エンターテインメントについて。 |
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広井 |
そうですね。 |
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横内 |
その時に、ずっとデジタルではなく、ライブのことを語り、芝居のことを語って。 |
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広井 |
はい。しました。今でも、あそこで話したことは、全然変わってなくて。
キャラクターを強く作ることが出来るんですよ、ライブ・芝居は。それを目の前でお客さんの記憶の中に埋め込む。それってかなわないんだ、デジタルじゃ。 |
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横内 |
そうなんですかね。キャラクターというのは、最近は演劇界でも言うようになりましたが、アニメやゲームの専売特許かと思っていた。 |
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広井 |
僕もそう思ってたんですよ。でも、よく考えてみたら、『番場の忠太郎』とかってキャラクターじゃないかって。 |
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横内 |
なるほど。 |
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広井 |
古典を読んでみたら、キャラクターの宝庫。アニメ、デジタルなんかは、キャラクターが突然出てきたように言ってるんだけど、違う。日本のお家芸で、ずっとやってたことなんだ。DNAがある。だから、そちらを勉強しておかないといけないっていうのが、僕の考え。
僕がキッカケになって、これからデジタルやっている人間が、そうやるのかって、どんどんなだれ込んできたら、もっとコラボレーションするし、もっと面白いもの、日本独特のものが出来る。なにも欧米の作品を買うことはない。 |
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横内 |
そういう話になったんだよね。僕らだって、ラスベガスにあるようなエンターテインメントに負けないものを作ることが絶対出来るって話をしたんだよね。 |
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広井 |
ただ、ショーだけっていうと、まだ難しい。なにか違う方法はないのかなって思っていて。そんな気持ちで大衆演劇を観ていると、あれショーなんだよね。物語もあるけれど、ほんのちょっとのシーンで、旨く分からせている。ご存じ、みたいなところで、日本人のDNAに訴えながらくるっていうのがね。 |
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横内 |
日本人のDNAっていうのは、僕も凄い感じる。やっぱり、ラスベガスのショーをあのまんまやろうとしても、ダメなんだと思う。日本人も体型や感性が変わってきているので、可能性がない訳じゃないけども、DNAね。で、僕は実験のプロトタイプとして、横山智佐さんにも出ていただいた『東京建築ショー』を創った。
あれは、僕の中ではラスベガスのショー。それだって、レオタードでダンスやったんじゃ、絶対に日本人のDNAに拒まれる。じゃあ、俺ら似合う服は何なんだって、そこから話が始まってるのね。その時、はたと思って、日本固有のもので俺らの似合う格好は、建設作業員の格好、つまりニッカポッカと地下足袋だった。 |
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広井 |
なるほど。わかるなあ。 |
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−−−−そこに、『いとしの儚』初日稽古と、ラジオ収録を終えた横山智佐さんが
遊びに来てくれた。 |
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横内 |
たまたま本日『いとしの儚』稽古初日、非常に申し訳ないんですが、僕は別の現場におりまして、行けなかったんですけど、どうでしたか? |
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横山 |
「横内さんから、美しく可憐な儚をお願いします、というメールをいただいたので、お願いされたからには頑張ります!」って顔合わせでは、ごあいさつしました。 |
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横内 |
いい話だね。横山さんが凄いなって思うのは、この作品をやりたいんですって仰ってたところから、必ず実現するんだよね。
実は山中(崇史)の鈴次郎を、もう1回みたいとは思ってた。でも『いとしの儚』上演するの、何かと大変だし(笑)、あんまり簡単に再演してもなあって思ってた。そんな時に、たまたまお話しがあって、なおかつ山中でいい、と言ってくださり。 |
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横山 |
私は崇史君とやりたかった。崇史君の鈴次郎があまりにも印象的だったので。じつは、崇史君に出て欲しいと口説いたのが、1年前の花見の席だったんです。その時は崇史君が、TVとか映画とかマスコミの仕事を広げていきたいと思っていたときで、舞台のためにスケジュールを押さえるのが大変厳しい、と。だから少し考えさせて欲しい、という答えだったんです。で、私としては、もし崇史君が鈴次郎をやれないというんだったら、崇史君以外の鈴次郎は考えられないから、崇史君がこいつになら鈴次郎をやらせてもいい、と思う男性を連れてきてくれって頼んで。その人とだったら出来るかもしれないけれど、私は崇史君とやりたいって。 |
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横内 |
おおぉ。 |
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横山 |
その後、2ヶ月くらい待ってお返事を頂きました。小躍りしましたね。これで成功間違いないって思うぐらい(笑)。
私事ですが、今年で声優生活20年を迎えておりまして、好きだからこの仕事を続けているんですけども、役者の仕事は受け身の仕事で、使っていただくものじゃないですか。だから自分から、この作品をやりたい、この役をやりたいと言ったところで、かなうわけがない職業。ところが、私はルパンに会いたいと思って声優になって。ルパンの劇場版に小さな役で出ることが出来て、その次に目標にしたのが儚をやること。 |
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横内 |
20年の中で2度しかもっていない目標の1つがこれだぞって。 |
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横山 |
なんとしてもかなえたいと思って。役者は主張しても無理って分かっていたので、そうそうあれをやりたい、これをやりたいとは言ってなかったんです。でも儚だけはどうしてもって。それもあまりベテランにならないうちに(笑)。 |
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横内 |
すごく子どもから始まって、大人にまでいくから、どっちの面白さもあるんですけどね。子どもの時にやるのもあるし、大人がやるのもあるしって思う。今、ちょうどどっちもいけるよね。 |
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横山 |
そうかもしれない。いい時期にいいものがやってくる、これも縁なんだろうなって。こんな縁を持ってる自分は運がいいなって。 |
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横内 |
すぐ駆けつけますので、待っていてください(笑)。 |
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