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R36連続対談 
第4回
茅野イサム×有馬自由×大森寿美男

大森寿美男と扉座とのつきあいは、実は相当長いらしい。下北沢でぎこちない初対面を果たし、互いの芝居を観に行きあって幾星霜。やがて大森はテレビや映画の脚本家として評価を上げて、いつしかそれぞれの道を歩むようになる。――しかし、2007年。ふたつの道が、ふたたびここで交差する。有馬自由が客演中の舞台の終演後、劇場近くの飲み屋で宴は始まった。

取材・文 小川志津子

Photo 対談:茅野イサム×有馬自由×大森寿美男

――大森さんと扉座の、最初の出会いは?

有馬 もう、16〜7年前になるかな。大森君が「自家発電」という劇団をやってたころに、えり子(現・渡辺えり)さんと一緒に『愚者には見えないラマンチャの王様の裸』の初演('91)を観にきてくれて。劇団3○○でバリバリの主演俳優さんだったころやんな?

大森 バリバリかどうかはわからないけど(笑)。

有馬 そしたらえり子さんがその芝居を気に入ってくれたみたいで、スズナリの楽屋に興奮気味で飛びこんで来て「飲みに行こう!」って。それからはもう、えり子さん、しゃべるしゃべる。僕と大森くんで「ぶーふーうー」(下北沢の、お酒も飲める老舗喫茶店)に連れ去られて、明け方までえり子さんの話を聞いたあげくに「じゃ、あたし仕事あるから!」って風のように帰られてしまい。二人ぽつんと残されて、「えーと……改めて、どうもはじめまして……」って(笑)。

――その頃の大森さんには、善人会議(扉座の前身劇団)はどんなふうに見えていましたか。

大森 「とてもうまい劇団らしいぞ」っていう評判は聞こえてきてたんですよ。でも僕らアングラ寄りの劇団からしたら、善人会議ってどこかメルヘンチックで、「うまいことやりやがって」みたいな先入観があってね。

茅野 うん。なんせ「善人」の「会議」だもんね(笑)。

大森 でも実際に観てみたら、台本もちゃんと練られてたし、横内さんの毒みたいなものも感じられたし、イメージとは全然違った。

有馬 それから6、7年経ったころかな。あるプロデュース公演に呼ばれたときに、作家さんが途中で降りることになっちゃって、そのピンチヒッターとして現れたのが大森くん。ものの2、3日で、もぉバッチリの台本に直してきてな。

『男的女式』イメージ写真

大森 いやいやいや。

有馬 これはすごいよ、大森くんは自分の作品を、自分で演出するべきだよ、俺が劇場も役者も手配するから!……っていうので上演したのが、『男的女式』(97年、有馬主導のプロデュース公演として上演。同年度日本劇作家協会新人戯曲賞ノミネート作)。

大森 あのときは不安でしたよ……! 知らない役者さんにせりふを書くなんてこと、初めてだったし。

有馬 でも、すごかった。打ち合わせで「ここはもっとこうしてほしい」みたいな意見をこっちが出すと、次のときにはまた別の新しいホンが書き上がってて。これはこれで面白いやん!……ってことの繰り返しで、結局、正味4本ほど書いてくれちゃったという(笑)。

大森 あまりに必死すぎて、何を書いたか思い出せないんですよね。たしか有馬さんからのオーダーは「同窓生の友情を描いた軽めのコメディ」だったんだけど、そういう世界が僕の中にはないんだってことがよくわかった(笑)。

有馬 でも公演が終わってバラシのとき、大森くんが「次こそは、からっと笑えるものをやりましょう!」って言ったのを覚えてる。

大森 幕が開くまでは、「もう辞めよう、今度こそ辞めよう」って毎度思うんですよ。でも、いざ芝居が終わって装置がバラされていくのを見てると、なぜか「次こそは……!」っていう欲望が湧いてくる。それで、続けちゃうんですよね。

有馬 役者も一緒やんね。「この公演終わったら、荷物まとめて田舎帰ろう」って何度思ったことか。でも終わるとまた芝居が恋しくなってきて、辞めどきを失ってしまうんですな(笑)。

茅野 俺は、それはあんまり感じないなあ。21か2のときに一度、芝居辞めたからね。辞めたくねーのに。

大森 え。なんでまた??

茅野 当時の彼女と結婚するために、ちゃんと就職しようと思って(一同驚)。でも職を探してるうちに、「…息が詰まる!」って思ってさ。それで彼女とはお別れをして、芝居の世界に戻ったわけ。で、同世代の劇団をいろいろ観まくってたら、善人会議がダントツだったんだよな。

有馬 この人、バラシに勝手に乱入したんですよ。

大森 え(笑)。

茅野 終演後すぐ横内に「俺を入れろ」って言ったら、「そんなこと言われても……」とか言うからさ。千秋楽の日に工具袋持っていって、岡森が裏の路地にトラック入れられずにもたもたしてたから、「ちょっとどいて」ってハンドル奪い取って(一同爆笑)。

有馬 そのままトラックで打ち上げに乱入して、「お前ら、暗い打ち上げやってんなァー!」って。

茅野 だって、川沿いの道ばたでティッシュペーパー広げて、サキイカとか柿ピーとか、乾きもんしかないんだよ!?

有馬 「こんな打ち上げがあるか、バカヤロー!」って、いきなりの“打ち上げ批判”やったな(笑)。

Photo 対談:茅野イサム×有馬自由×大森寿美男

ハードルは上がるばかりです!

茅野 初めて『男的女式』を観たときは俺、素直に受け入れられなかったんだよな。みんなが普段とは全然違う芝居をしてて、しかもすごい楽しそうなわけ。それが無性にムカついて、心がざわつく感じがした。今思えば、単純にジェラシーだったりするんだけど。

有馬 ふうむ。

茅野 でもそのことがずっと頭に残ってて、初めて横内以外の作家の脚本で演出を任されることになったとき、まず大森くんのことを思い出したんだよ。「あの人に書いてもらいたい」って。でもたしか、最初は断られた気がする。

大森 映像と演劇じゃ、書くときの思考回路が違うんですよ。演劇って、「どういう舞台がやりたいか」ってことを常に考えてないと、書けないんですね。でもその時点ではもう、映像の思考回路でものを見るようになってたし。演劇の難しさも面白さもよく知ってるから、なおさら畏怖の気持ちが強かったんです。

『そらにさからふもの』撮影:宮内勝

――でも結局引き受けることになって、書かれたのが『そらにさからふもの』(2002年)。書いてみて、いかがでしたか?

大森 僕ね、自分で書いたものを、他の演出家にゆだねるというのは、あのときが初めてだったんです。

茅野 へえ、そうなんだ!

大森 そうなんです。「人にゆだねる」ということの面白みは、このとき覚えましたね。

茅野 でもあれは、俺もすごく勉強になった。初めての演出だったから、最初のうちは「このせりふはこう直してください」みたいなことを、ケロッと言っちゃったりしてたんですよ。でも大森くんも、ひと言ひと言、心血注いで書いてる脚本だから、これは相当覚悟を決めてかからなきゃいけないんだってことを、このときに思い知った。あれは本当にいい経験だったなあ。

有馬 役者としても、幸せなんですよ。書き手が身を削って書いたせりふをしゃべれるというのは。自分の言いやすいように変えてしゃべるなんてこと、ありえへんと思う。自分も含めてキモに命じんと。人の書いた言葉を口にするということを、なめてかかっちゃ、失礼だぞと。

――テレビの世界では、どうなんですか。こういう受け取り方を、されますか?

大森 もちろん、物理的にそんな余裕がないっていう場合もあるけど、でも(そういうモノ作りを)やろうとしてるとは思う。「モノを作る」って、わからないことや未知のものに挑戦するっていうことだと思うんですよ。「結果がどうなるのか、わかるものしかやらないぞ」っていう人は、モノを作る資格がないと思うんだよね。

――でも、ある程度の結果が見込まれていないと、始動できない場合もありませんか。動くお金も大きいし。

大森 たぶん、「これはどうなるかわからないからやめとこう」ってことになっちゃう企画は、企画自体に魅力がないんだと思う。「よくわからないけど魅力があるから、反対意見はなんとかねじふせたい!」ってみんなが思えるものを、書きたいと僕は思うな。

茅野 そうなんだよな。そういう現場において一番罪なのは、力がないことだなって思い知るよね。目指すべき地点へみんなでたどりつきたいのに、誰かひとりでも力が及ばなかったら、作品全体に影響が及ぶし。

大森 そうそうそう!

有馬 ほんっっとにそう! ほんっっとこわい。

Photo 対談:茅野イサム×有馬自由×大森寿美男

――そういうシビアな世界で、ひとつの仕事を続けていくということについて、どんなふうにお感じですか?

茅野 あー。俺最近思うのはさ、俺も有馬も大森くんも、昔は同じように役者をやってたわけじゃない? で、有馬は、今も役者をやってる。大森くんは、脚本を書いている。僕は、演出をやっている。……どうしてこういうことになったんだろうね?

大森 それは単純に、居心地のいい場所に落ち着いたってことじゃないですかね。僕の場合、次から次へと書きたいことが出てくるとかいうわけでは、全然ないんですよ。もしそうだとしたら、長くは続かないと思う。だって「書きたいこと」が尽きちゃったら、おしまいでしょ。僕はただ、こんなことやって生きてるのが、一番居心地がいい。それだけのことなんですよね。

茅野 言い方を換えると、俺の場合は演出家としての俺の方が、必要としてくれてる人が多い、ってことかな。

有馬 うん。必要とされるっていうのは、単純にものすごくうれしいよね。それはきっと、どんな職業だろうが。

大森 自分がその仕事をどんなに望んでも、誰からも必要とされなかったら、そりゃ居心地悪くて辞めちゃうよね。「こんなとこ、いたくない」って。

茅野 あと、がっかりされたくねーよな。

大森 ほんとそう! だから、ハードルはどんどん上がってくばっかりなんですよ! 同じ高さをずっと跳んでると、「終わった」って言われちゃう世界だから。

茅野 でもテレビの場合、お客さんの反応ってどうやって知るの? 数字とか、気にする?

大森 気にならないって言ったら嘘になるけど、でも現場の役者さんとかスタッフさんを見てると、雰囲気でなんとなくわかっちゃうんですよね。面白くなりそうかどうか。これが集団作業のいいところなんだけど。

有馬 そうだね。本当に面白くなるかどうかは、初日が開く前に、かなりのパーセンテージでわかってたりするね。

大森 おそらく、観てくれた人全員が必ずおもしろがってくれるなんてことは、ありえないんですよ。目指すべきは、そこではない。「僕らはここまでやったんだから、あとはどうぞご自由に判断してください」って、胸張って言い切れるかどうかなんだよね。

Photo 対談:茅野イサム×有馬自由×大森寿美男

見つからないから、見つけたい

――今回のお話を、お聞きしておきたいんですが。そもそも、なぜ引き受けたんでしょうか?

大森 10分の短編だって言われたからです!(一同笑)

有馬 横内からこの話があったのって、一緒に『猫と針』を観に行ったときだよね。話を持ちかけられて、わりとあっさり「やります」って返事してたからびっくりした。

大森 そりゃあだって、求められたらうれしいしさ。それに、これだけの人たちが集まって書くっていうのは、やっぱりすごいことですよ。その中に自分も入れるなんて……!っていう気持ちに、作家はなっちゃうと思う。ひとりひとりの決断もすごいけど、それを7人分受け止めようとしてる扉座が一番すごいと思う(笑)。

――ではネタバレにならない程度にお聞きしたいんですが。大森さんは、どんな「LOVE」のあり方に惹かれますか?

大森 「無償の愛」ですかね。無償の愛を書けたらいいなと思う。それを、わかりやすいカタチで書くのは簡単だけど、そうじゃなくて、本当の意味での「無償の愛」を匂わせることができたらと思ってますね。

茅野 でも男女間で「無償の愛」なんて難しいですよね?

大森 ない!

有馬 言い切った(笑)。

大森 でも、ほんの一瞬でも、そう思える瞬間というのがあるじゃないですか。「幸せ」の定義と一緒だと思うんですけど。「一生幸せ」なんてことはありえないじゃない。でも、「幸せだ!」って思う瞬間は、誰にだってある。そういう瞬間を切り取りたいし、光を当てたいなあと。そこに至るまでには、嫌なこともいーっぱいないと、ダメなんですよ。お花畑じゃ、幸せは描けないんです。

茅野 名言が出ましたね。「お花畑じゃ、幸せは描けない」。

――どこでなら、描けるでしょう?

大森 どこだろうなあ……

茅野 お茶の間とか?

大森 あ、例としては「お茶の間の地獄」が一番わかりやすいかも。そう簡単には見つけられないものだからこそ、見つけたいという強い意欲が湧く。みんながついつい家族を描きたがるのも、そういうことなんじゃないかなあ。

Photo 対談:茅野イサム×有馬自由×大森寿美男
 

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