1984年 4/3〜8
『たとえばオアシスに降る雪のように』
(ザ・スズナリ)
       
中原三千代、デビュー。自分から入りたいと
電話をかけてきた初の劇団員。それまでは
すべて知人の紹介か、メンバーを通して連
れて来ていた。

          三千代デビュー→

運転する岡森

1984年2/12〜18 
『ノータリンベイビーズ・ノーリターン
-1984年のイージーライダー遁走記-』
(新宿・タイニイアリス)
 
スタッフワークに大きな乱れがあり、ゲネプロ が出来ず、ぶっつけ本番で開幕。案の上、初日 の舞台は大混乱し芝居が止まる。横内、自己嫌 悪。その夜、芝居を辞めると宣言。しかし、 その後、公演は盛り上がり、楽日にはすっかり 忘れた。

1985年 5/3〜7 
『家庭の悲劇』
(ザ・スズナリ)
フリーの俳優・加納幸和(現・花組芝居座長) を客演に迎えて。ちなみに加納は横内の高校 時代の演劇部の先輩・木原実(現在・NTV 気象予報士)の日芸での同級生だった。初め ての劇評がテアトロに載る。時は小劇場ブーム 夢の遊眠社、第三舞台に続く第4世代の一角 に加わる。

加納の母と

加納のお岩、岡森の伊右衛門

9/12〜17
『四谷怪談 -鶴屋南北より-』
(ザ・スズナリ)
引き続き加納が客演。お岩を演じる。加納の 影響が大きい公演だった。けれど一同、浴衣 もロクに着たことがなく、初めての和物にお 手上げ状態。加納は加納で、この時、自分の 劇団が必要だと痛感したらしい。