1988年 5/19〜31
『新羅生門』
(ザ・スズナリ) 

床を掘り下げて、タッパが高くなった改装後 のスズナリにて初めての公演。(それまでス ズナリは二階部分だけを使用していた)春に オーディション合格の有馬自由が桃太郎役に 大抜擢され、派手なデビューを飾る。スズナ リ公演後、神奈川青少年センター(6/16 )、多摩市公民館(6/18)を巡演。


      

有馬デビュー

茅野イサム=左端のぼうず

8/20〜28
『夜曲 -放火魔ツトムの優しい夜-』
(下北沢・本多劇場)

本多公演に先立ち、松本演劇祭(8/14〜 16 あがたの森講堂)に参加。初めてのツ アー公演だった。しかし荷出しの時、皆で作 った大道具が用意したトラックに乗り切らず、 急遽レンタカーを借り、それを佐藤浩一 (茅野)が運転して松本に向かうことになる。 その夜は暴風雨。全員ズブ濡れで夜中まで作業 した。劇団史に残る伝説の一つ。東京公演を終 え、札幌演劇鑑賞会の招きで札幌公演(9/1 〜3 札幌本多劇場)へ。札幌では男子たちが ススキノで大暴れ。しかし、ちょっぴり痛い目 に遭う。裏伝説の一つ 。詳しくは扉座通信連 載『右目の覚え書き』(六角精児著)を参照の こと。

 


この頃の宴会。後援会長 神谷明氏の顔も

*トピックス 

3月セゾン劇場公演『きらら浮世伝』(演出・河合 義隆)の脚本を横内が担当。中村勘九郎、故川谷拓 三などが出演した話題作であった。横内の本格的な 劇作生活のスタートとなる。岡森、六角、中原が出 演、この大舞台に立つ。『曲がり角の悲劇』(新水 社)『夜曲』(角川書店)と戯曲本も続けて上梓。 また、この年『まほ・でし』で岸田戯曲賞候補とな るも、惜しくも『ゴジラ』(大橋泰彦)の次点とな る。 秋より、六角精児と恵畑純子が新設のFM埼 玉でパーソナリティを担当。番組名は『それ行け、 ホモルーデンス』。小劇場の人気俳優たちが日替わ りで登場する番組だった。