1993年 
5/11〜18 
『愚者には見えないラ・マンチャ
の王様の裸』(シアターサンモール) 

この公演中に劇団名を変えることを公表。 悪人ぶるアングラに対するアンチテーゼとし して敢えて名乗ったつもりの善人だったが、 アングラが消えてゆき、敢えて善人を名乗る ことに特別の意味が持てなくなってきた。 10年を越え、活動にマンネリ化が見えてき たことも一因。また、この公演中に劇団ファ ンクラブの設立(後のドアクラブ)も発表。 善人会議お別れパーティとともに設立パー ティーを開く。

中央・中川恭子役=三木さつき↑

 

タイ人ジャルワン=伴美奈子

 
7/28〜8/8 
『うたかたの城』
(本多劇場)

劇団名は扉座と決定。名の由来は、横内が感銘 を受けた映画『ラスト・エンペラー』のジョン・ ローン演じる溥儀の叫び「OPEN THE  DOOR!」から。末永く使えるよう極めて オーソドックスに。バブルの遺跡でキスをする 高校生の役で田中信也初舞台。右田浩美もアンド ロイド1号で大暴れデビュー。右田は当初、アク ションスターのようなカッコイイ芸名を用意して いたが却下され、横内に浩美と名付けられた。 NHK衛星第2放送で舞台中継。
8/ 18〜22
『新羅生門』
(IMAホール)

92年にリニューアルした『新羅生門』が各 地でヒット。引っ張りだこに。大阪、浜松、 鶴岡他、秋まで精力的に各地を巡演。

 

 

↑ギリギリのツトム

12/7〜16   
『夜曲 -放火魔ツトムの優しい夜-』
(紀伊國屋ホール) 

紀伊国屋公演に先立ち、第1回北九州演劇祭 (10/21・22)に参加。北海道、東北 、北陸各地の演劇鑑賞会を巡演した後に新宿 に。加藤健一事務所公演に客演し不在だった 中原に替わり、サヨ役は鈴木真弓が初役で。 この時、さすがに六角のツトムは老けて怪し いオジサン化しており、ナイーブな青年役と してはギリギリの印象。公演中、ツトム役は これが最後と本人が宣言する。六角精児の田 山ツトム、一世一代の舞台となる。
*トピックス 
         
横内の仕事。『スーパー歌舞伎・八犬伝』
(4、5月新橋演舞場 6月中日劇場 
演出主演・市川猿之助)
『ミュージカル・魔女の宅急便』(5月青山 劇場 12月大阪・飛天 演出・蜷川幸雄) の脚本担当。特に5月は劇団公演と合わせて、 東京の3つの劇場で同時に横内の作品が上演 された。 7月、扉座公認後援会ドアクラブ発足。会 員約400人からスタート。名誉会長は善人 会議時代からいろいろとお世話をしてくれた 声優の神谷明さん。10月には会報誌『NO BU』創刊。編集長は有馬自由。新人の田中 信也が有馬の小間使いとして汗をかく。