1994年3/24〜   
扉座グラフティ
『新羅生門』『ジプシー』連続公演
(新宿・スペースゼロ)

レパートリーとして常時上演可能な状態に あった2作を連続公演。『ジプシー』では 加藤健一事務所公演『パパ、アイラブユー』 に客演中だった有馬自由が、その休演日に 駆けつけ1ステージだけコンビニの兄さん 役で特別出演。劇団の層の厚さを見せた。

 

 



宣伝用写真

 
6/11〜26   
『お伽の棺』
(ザ・スズナリ)

俳優は杉山と伴、右田、それにモンゴル民謡 の歌姫オドゥバルを加えた4人だけのキャス トで。電気の音響、照明は一切使わず、ロウ ソク30本と生音の効果音だけで演じるとい う劇団始まって以来最も過激な実験劇だった。 あまりに地味なので、さすがに観客にそっぽ を向かれるのではと一同不安だったが意外に 好評。特に普段は扉座をけなしてばかりいる 難しい系の演劇評論家たちから誉められる。 横内はこういう芝居に専念すべきという声も 上がる。ともあれ、劇団の貴重な財産になっ た。究極の省エネ演劇で地球に優しい上に、 低予算で劇団にも優しいのが素晴らしい。 高校時代、横内が名作『夕鶴』の与ひょうを 演じたのが本作誕生のキッカケとなっている。 当時、生意気盛りの横内は、こんなにつまら ない戯曲がなぜ世紀の名作と呼ばれるのか、 まったく理解に苦しむと思ったという。そし て、自分なら百倍面白い『鶴の恩返し』を書 いてみせると豪語していたらしい。 だがこの稽古中、杉山が首筋を痛めて救急車 で病院送りになった。絡みのシーンで右田が 本気で首を絞めてしまったのだ。劇団員がい つもお世話になる吉祥寺の名接骨医の力で本 番までには回復したが、この舞台は杉山にだ けは優しくなかった。スズナリ公演の後、名 古屋・名演会館、京都・無門館、大阪・扇町 ミュージアムスクエアを巡演。

舞台写真

11/30〜12/11日 
『アインシュタインの子供たち』
(シアターサンモール)

おきまりの芝居書きにすっかり飽きた横内の 提案で、稽古場で即興エチュードを重ねつつ、 作品創りをすることになった。おおまかなス トーリーと各俳優のだいたいの役柄だけがあ らかじめ決められ、セリフ作りと細かいシー ン作りはすべて稽古場で行われた。役者には 最初にそれぞれが演じる人物の履歴書が配ら れ、芝居の中での行動や発言よりも、その人 物がどんな人なのか、そのイメージを先に形 作った。若い科学者たちの青春期なので、東 大の学生を呼び、相対性理論の講義も全員で 受講。もちろん、一同、まったく理解は出来 ず。チビッコ相撲の親方を演じる岡森は講義 は眠り、その代わり連日マワシを締め、ひた すらシコ踏みとテッポウに励んだ。 大阪・八尾市文化会館などを巡演。

 

↑ドアクラブスペシャルイベント「ザ・本番前」
六角の後ろに立つ横内

*トピックス

横内の仕事。2月、都の文化事業・東京ル ネサンスにおいて『モダンボーイズ』(演 出・河毛俊作)を書き下ろす。主演はSM APの木村拓哉。六角、赤星、三木らが出 演。木村が演じた浅草のレビュー作家・菊 谷栄は横内家のルーツである青森の人。横 内の遠縁のおじさんがずっとパトロンとな って支えていたという。6月、パルコ劇場 で『怪談・贋皿屋敷』(演出・岡村俊一) が上演される。主演はSMAPの香取慎吾 と藤谷美和子。同作は同時にNHK衛星第 2放送で連続ドラマ化され、その名も『横 内謙介劇場』として放送された。衛星ドラ マとしては異例の反響があり、間もなく再 放送。香取君はこの『皿屋敷』で大ブレイ クをしたのだった。岡森、中原らが出演。 11月は大阪ABC放送主催ミュージカル 『ザ・近松』(演出・大谷亮介)の脚本担 当。主演は横内にとって永遠のアイドル沢 田研二。劇作家になった幸せをしみじみ噛 みしめる。しかし本人の前では緊張して何 も話せず。その上、ジュリーがヒット曲を 歌いまくってくれたという打ち上げには劇 団公演のため行けなかった。その後の人生 の目標が残された。六角、三木、田中らが 出演。三木はジュリーにからみつく女郎の 役で、本当にジュリーにキスをしたと横内 に自慢。 7月、有馬と赤星が扉座NEXTDOOR と称し、劇団内ユニット・アリキリ兄弟社 を設立。下北沢駅前劇場において『アリと キリギリス』を上演する。作、演出、出演 のすべてが有馬と赤星の2人で。駅前公演 の後、金沢、名古屋、京都、大阪などを大 ツアー。有馬と赤星の人気と実力を内外に 見せつける。この公演が後の劇団内ユニッ トブームの先駆けとなった。

↑アリとキリギリス