1996年 
3/13〜31 
特別公演『夢の海賊』
(すみだパークスタジオ第3倉庫)

錦糸町の倉庫を劇場に大改造しての上演。扉 座のメンバーとともに藤間紫、筒井道隆、宮 本裕子らが参加したプロデュース公演。直前 まで消防署の許可が下りなかったり、俄雨が 降ると、トタン屋根に響いてセリフがかき消 されたり、熱かったり寒かったり、近くでの 道路工事が始まって凄い音が邪魔したり、一 同、劇場というお城の有り難さを思い知った 。しかし一方でボランティアの美大生たちを 集め、倉庫の壁一面に絵を描いて貰ったり、 客席の中に大きく舞台を組み込んだり、普通 の劇場では出来ないことも様々やった。扉座 のプロデュース力を世に知らしめた公演であ った。その倉庫は現在、すみだパークの稽古 場として稼働中。壁画はそのまま残そうとい う意見もあったが、カラフル過ぎて稽古に集 中できないと各方面からクレーム。やむなく 黒く塗りつぶした。壁を塗ったのは茅野イサ ム。アルバイト時代、壁面塗装のプロとして ならした腕前で。

 

↑人間国宝 藤間紫と扉座珍宝 山中崇志

 

 
5/31〜6/2 
『お伽の棺』 
(新宿・アイランドホール)

この公演から劇団の宣伝ビジュアルをイラスト レーター、溝口イタル氏に全面依頼する。 (初登場は95年の『曲がり角……』)
11/20〜12/7 
『三好家の引っ越し』
(東京芸術劇場小ホール・24日まで 
  26日から新宿アイランドホール)            
           
文化庁の創作劇奨励公演として。俳優座の滝
田祐介氏を客演に迎えて。横内作品には珍し
幻想の出現しない、リアルな家庭崩壊劇。
音楽を六角と親交のある世界的ギタリスト、
渡辺香津美氏に依頼。打ち合わせの席上、香
津美さんが何気なく鳴らすギターに全員、し
びれる。辛い旅公演の時、セットの立て込み
とバラしの繰り返しをとても不合理に思った
横内は終幕には舞台がすっかり片づいている
ような芝居を創れば旅公演もずいぶん楽にな
るだろうと考えた。そこでモチーフとしたの
が引っ越しであった。けれど、この公演では
旅がなかったので、せっかく片づけた家具類
も、毎日、舞台に持ち出してイチイチ飾り込
まねばならず、かえって手間のかかる芝居に
なってしまった。          

↑ベニスのふたご
山中太陽を背景にして

*トピックス 
           
 横内の仕事。4月、ひょうご舞台芸術公演と
して『夜曲 ー放火魔ツトムの優しい夜ー』
(演出・河毛俊作 神戸オリエンタル劇場 
東京・アートスフィア)が上演される。ツト
ムは稲垣吾郎、サヨが宝生舞で。このコンビ
は公演後にバリに旅行に行きフォーカスされ
る。有馬自由が友人の放火魔役、伴が乳母、
鈴木真弓が千代姫で出演。4・5月の新橋演
舞場では新作の『スーパー歌舞伎・カグヤ』
(演出・市川猿之助 6月は名古屋中日劇場
)が上演された。同じく6月『魔女の宅急便』
が新宿厚生年金会館等で再演される。三木さ
つきが参加。本格的ミュージカルにデビュー。
   1月、六角精児をリーダーとするバンド
『サーティスリー・マイナーズ』が金沢ドア
クラブの招きでライブを行う。有馬自由もメ
ンバーだった。  8月、いそがし一座第2弾
『ベニスのふたご』(原作・ゴルドーニ 訳
潤色・井上優 演出・則岡正昭)を駅前劇場
で上演。それに先立ち、神奈川青少年センタ
ーで高校演劇のためのワークショップを一座
で担当。 右田のHO企画も第2弾『フラン
ケンシュタイン』(作・演出 右田浩美)を
駅前劇場でいそがしの2週間後に上演。右田、
劇作家デビュー。          
    岡森も個人企画第2弾『正義の人々』
(作・アルーベール・カミュ 演出・西川信
廣)を新宿・シアタートップスで上演。篠井
英介らと(8/21〜9/1)。             
   9月、三木さつきのPGQ『SWEEP 
SWEEP2』(作・堀美千子 演出・三木
さつき)を文芸座ル・ピリエで上演。この作
品は池袋演劇祭に参加しており、優秀賞を受
賞。三木座長、ご褒美の賞金で劇団幹部たち
を錦糸町の寿司屋に招待。大盤振る舞いをし、
女を上げた。           
   しかし、この夏はユニット公演が立て続け
にあり、扉座の座員たちはお付き合いでいろ
んな劇場に駆けつけねばならず忙しかった。 
 尚、この年の秋、横内を代表取締役とする
有限会社・扉座設立。善人会議の初期以来、
久しぶりに横内がすべてを完全統括する体勢
に戻った。横内は劇団ルネサンスを宣言。こ
の先数年は劇団活動を優先すると内外に発表。
           
 

↑二代目ツトムと打ち上げにて

↑フランケンシュタイン