初日

 お昼にゲネやって、ちょっと直しとかして、夜から本番。

 そんなに細かくキッカケがないので、直しも少なく、時間の余裕有り。
 開演までの間で、初めてミッドタウンに行ってみる。
 なにしろ俳優座のすぐ隣である。

 で、なんか理不尽にたかーい、お茶とか一人でして、劇場へ。
 楽屋を覗いてみると、大作家・恩田陸が、衣裳置き場の片隅のコーナーのパイプ椅子に、ひとり頭を抱えて、ポツンと座っている。

 まるで試合を待つボクサーのように。

 どーしたんですか?
 と聞くと、
 
 ワタシ、もう帰りたい、と。

 まあ、不安なのは分かるけど。

 そんな作家の様子を知った、岡田達也たちが、みんな不安なんですよぉ、と代わる代わる声をかけに来たりして。

 
 なにより、
 ここで帰ったら、ボブサップじゃないか。

 作家と同じく、もはや何の用もなくなった演出家は、しばし、恩田さんと雑談を。

 そして開演。
 ギッシリの客席。

 律儀なキャラメルボックスのお客様達の、見る気に満ち満ちた、視線の束……

 なにしろシンプルな舞台なので、その視線と、剥き出しの俳優たちの存在が、モロにぶつかりあう。
 狭い小屋だし。

 なんかやたらに濃密な空間になっていた、と思う。

 ふと、恩田さんはと見ると、最後列の座席で、舞台を睨み付けている。
 かと思うと、手を合わせて、祈るような姿になったり。


 ふと考えた……

 わし、初めての初日って、どんなだったんだろうか。

 しかし、そもそもわしの場合、高校演劇から始まってるから、いったいどこが本格的初日というべきかさえ曖昧で、思い出すことも出来ない。

 でも、何万部という本を売っている人気作家が、たった三百人ちょっとの観客の中で、緊張しているその姿は、芝居というモノの、威力を改めて教えてくれるモノだった。

 ここにいる人たちに、自作を見て貰い、楽しんでもらうことの、喜びと恐怖。
 どこまでも人間サイズの、泥臭い、その営み。

 そして逃げ場がなく、関係はひたすら濃い。

 

 さて、まあ、初日は、俳優達の味方の皆さんが集まって下さったこともあり、暖かな拍手の中で極めて穏やかに、終演。

 そこから初日祝いに行き、さらに、盛り上がる。
 
 恩田さんは、最初は本の遅れを謝ってばかりだったけど、
 
 座長・成井豊氏が挨拶で、

 そんなのこの業界では、遅れのうちに入りません!ここからは謝罪無用!

 という絶妙のフォーローにより、恩田さんも謝罪外交モードを脱して、喜びの宴会モードへ。

 その盛り上がりのまま、わしらスタッフは二次会まで行った。


 まあ、芝居の本格的評判、批評等は徐々に出回ってくるだろうけど、
 ともあれ、今日は、幸せな1日であった。

 

 この現場
 
 まったく新しい人たちばかりとの仕事だったけど、何一つ不自由を感じなかったナ。

 


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