キム・ナムヒのことを
先日、ソウルに行った時の報告がまだであった。
実は、コレ、公表するかどうか迷ったのだが。
まあ、事実なので。
私と犬飼で、ソウルに2泊3日で行ったのであった。
主な目的は、翻訳の金文光さんと、たず役のキム・ナムヒを交えて、一部韓国語でやる今回の上演台本を創るためである。
だが、
この時、私と犬飼はナムヒに会えなかった。
前の晩から緊急入院になってしまったのである。
ソウル・金浦空港に着いたとき、文光氏(愛称・ムーニィ)からそう告げられた。
何故に?
「何か、金曜日から三日間、不眠不休で断食して、倒れたそうです……」
「……」
実を申して、倒れたのは、これで2度目である。
たぶんこれも報告してなかった。
オーディションで選ばれて、数日後、ナムヒが救急車で病院に運ばれたと知らせがあった。
「雪山で倒れたのだそうです……」
「……」
山荘で集う仲間達に会いに行ったとか、何とか、とりあえず理由は聞いたけど、
私も赤星も、それを聞いて咄嗟に呟いたのが、
「まさか……」
のひと言。
『お伽の棺』という作品の台本が手元にある人は、見てみて欲しい。
その第1行目、善治の語りはこう始まる。
「その女は雪の中に埋もれるように倒れていた……」
以前、面白半分で、北島マヤとか何とか書いたけど、
ちょっと笑えない雰囲気が漂ってきたのであった。
ありゃマンガだから、いいんだけどさ。
幸い、すぐに退院したので、
大事な体なんだから、しっかりしてくれ、とメールを送った。
本人からも反省のメールが返ってきた。
ご両親も大変心配していたらしい。
そりゃそうだろう。こっちだって、気が気じゃないぜ。
なにしろ、一回の実技試験と、一回の面接だけで決めている。
本人のことなんか、実は全然知らないのだ。
確かに、面白いけど、過程ばかりが面白すぎて、結局、舞台に立てないのでは、困る。
でもまあ、その後、ムーニィからの知らせでは、元気で、張り切ってるということだったし、
地元の新聞で取材を受けた姿なんかも、送られて来てたから、安心していたのだけど……
にしても、今度は三日三晩……
これも台本がある人は確かめてみるとよかろう。
善治が語る。
『女が立てる機音は、三日三晩鳴り続けた……』
そうして織上がるのが「鶴の錦」である。
今回の韓国版では、「鶴の織物=トゥルミビダン」という名の美しい布である。
雪山の次は、機織りであった。
そんなワケで、到着していきなり路頭に迷った、男3人であった。
その日は、仁川に行って、ナムヒと共に、地元メディアで取材を受ける予定もあったけど、全部キャンセル。
本人は面会謝絶だという。
仕方ないので、とりあえず3人でソウルに行って、ムーニィの事務所で、ナムヒ抜きでも出来る打ち合わせなど、アレコレと。
しかし、いっこうにテンションの上がらない我々であった。
犬飼に至っては、ナムヒが居ないのでは、まったくそこにいる意味などないのであった。
で、まあ、とりあえず、打ち合わせて、人にあって、合間合間に韓国のいろいろ食って……
特に犬飼は、食べて、食べて……最後に、ちょっと飲んで。南大門市場でジーンズとベルト買って……
全部、ムーニィや韓国の演劇人の方々に連れて行って頂いた、現地人が芝居の後に行く店シリーズみたいな、ソウル・演劇路地裏グルメで、決して贅沢ではないけど、確実に旨くて安い、お店探訪の旅みたいなことになったのだった。
もちろん、やるべきことは他にもいくつかあって、それもちゃんとやったけど、さ。
なにしろ、そんな感じで、帰ってきたので、
すぐに報告も出来なかったのである。
その時は、ナムヒも、その後どーなるか、分かんなかったし。本気で代役の検討もしようかとも思ったし。
さて、
肝心のナムヒである。
我々は、他の打ち合わせや、路地裏グルメ探訪を進めつつも、ナムヒと何とか一回ぐらい会えないかと、連絡を待ち続けた。
結果、お父さんとお会いして、いろいろとお話はした。
とりあえず病院から数日、安静にさせなさいと命じられたので、と謝っておられた。
ただ、そんなに深刻な状態ではないので、大丈夫だし、このことでクビにはしないで欲しいとお願いされた。
まあ、それを聞いて一安心であった。
お父さんもかなり心配している様子だった。
合格以来、取り憑かれたように芝居のことだけに集中して、他のことがまったく手に着かないのだそうだ。
で、今思えば、ご両親もちょっと過剰に慌てふためいたのであろう。
で、とにかくこの時は休ませたかった……
変わり者の、娘を持つと、親も苦労する。
これはどこも同じである。
更に安心したのが、ナムヒが今年卒業する韓国の大学。
韓国総合芸術大学の演劇科の担当教授と、友人の同級生に会って話をした時だった。
ナムヒは、もともと入れ込む性格の上に、今回の合格はいろんなとこでも話題になってて、本人もかなりプレッシャーを感じ、
いつも以上に、鼻息荒く、取り組んでいたのだそうだ。
その先生が仰有るには、
「うちの大学では、ただ演出家の言いなりで動く人形ではなく、自分で深く役を理解するように指導していますから」 と。
「彼女は、自分の感覚として、分からないのは嫌なのでしょう。普段の彼女は明るくて、元気な子です。倒れることなんか滅多にない。だから、敢えて言えば、今回の場合、台本のせいだ」
「は?」
「台本にそう書いてあるから、不眠断食なんかやったのでしょう」
マジかよぉ。
韓国の国立芸術大学の最高峰なのである。ちょっと見学させて貰ったけど、ピッカピカのスタジオがずらーっと並んでいて、学生達は使い放題なのだそうだ。
かなり立派な劇場まである。
聞いては居たけど、確かにこりゃエリートだな。
しかし、そりゃ感心なる心がけだけど、
「ここじゃ、みんなそんなことしてるんですか?んじゃ、オフィーリアやる時は、みんな死んで小川に浮かんでみるんですか?」
すると同級生(すっごい美人)が笑いながらいった。
「私は、分かんなくても、やっちゃいますけど!」
安心した。僕は君が好きだ!
もっとも、教授はこうも言って下さった。
「ココの生徒は極めて優秀だけど、でも所詮は学校の中の井の中の蛙です。今回のような経験は得難く、素晴らしいことです。彼女は未だプロとはいえないので、こんな失敗もし、ご迷惑もおかけします。でも、たぶん大丈夫ですから。どうぞ、よろしくお願いします」
まあ、大勢居たプロの女優を敢えて選ばず、集まってくれた八十人の中から、よりによってまったくの新鋭で、こんな変わり者を、
わざわざ選んだのは、私なわけで、
私もしっかりお預かりしなくては、と思ったのであった。
ただね、
「芝居は一人でやるわけじゃありませんからね。
チームワークが大事です。
せっかくこうして相手役まで連れてきたのに、これも無駄になりました。
これでもし、日本に来れないなんてことになったら、ナムヒも残念だろうし、大勢の人にも迷惑が掛かるんです。
ナムヒのカラダは、もう自分だけのものではない、そういう責任が生じていることを、ぜひ、お伝えして頂きたい」
そうお願いする私の言葉に、誰よりも、
今回の何のために付いてきたのか分からない犬飼が、深く頷いていた。
「そうです」
ま、犬飼クンにそう言うことがしみじみ分かっただけでも、今回の訪韓は無駄ではなかったか……
その後、ムーニィが、元気になったナムヒのビデオレターを撮って送ってくれた。
私と犬飼が、金浦空港から帰路に着くとき、
「テメーいい加減にしろよ!」と。
メッセージを録画して、ムーニィに託した、その返事である。
ナムヒは、笑顔で詫びていた。
元気で行きますから、よろしくお願いします!
んが、その顔を見て驚いた。
なんかまた変な髪型になっているのだ。
「たずのこと考えて、ちょっと髪を切ってみました……」
オメー!また何、勝手なことやってんだよ!そういうことは演出家の指示を受けてやるもんだろ!
なにより、変だ、その頭!
もういいから、何も考えず、余計なコトしないで、元気なカラダだけ持って無事に来てくれ。かるーい観光に来る気持ちでいいから。
頼むから。
とメッセージを返した私であった。
そんなナムヒが、来週、日本に来る予定。
正直、まだまだどうなるか、油断は出来ないが。
今のところ、予定通りに行きそうな感じにはなっている。
5月の頭に、韓国に行くまで、錦糸町近くに泊まって、稽古をすることになっている。
ま、まだまだ安心は出来ないが……
それやこれや、
私が宣伝のために大袈裟に書いてると思っている人も多いと思う。
でも、本当のことである。
そして、それは韓国でも、尋常ならざる、ことではある。
2日目の夜、韓国在住で、演劇の仕事をしている木村典子さんのご案内で、芝居を一本見た。
その演出家が、総合芸術大学で、ナムヒの舞台の演出をしたという。一流の演出家が、学生の公演の演出に呼ばれている、そういう学校なのである。
で、木村さんが面白がってわざわざ電話をかけてきいてくれた。
その子、どうだった?
「変わった子よ」
それが答えだった。
本当に来るのか、芝居は出来上がるのか、
実はスッゲー、ドキドキしている。
みんなの応援頼む!