東京稽古終わる

 明日から韓国へ行く。
 芝居は、出来上がった。
 
 2週間というのは、かなり少なめのはずなんだが、
 しかも、日本語の出来ない外国人が混ざっているという、
難しい座組なのに、
 一度も慌てふためく局面もなく、
 当然のように、
 稽古は進行したのだった。

 私も他のメンバーも
 ナムヒに引っ張られた、と思う。

 どこに行きたいとか、休みが欲しいとか、ひと言も言わず、ひたすら稽古に集中する。
 来日までに、たぶん何百回か、台本を読んでいて、日本語のセリフも初日から、全部暗記していた。

 何よりも、
 自分が演じる たず という人物に全身全霊を捧げている。
 渋谷とか、新宿とか、
 たずは行かないのだから、自分も行かなくて良い。
 
 まるで、そんな気配だ。
 後半は、我々ともかなり打ち解けて、さすがに雑談も多くなってきたけど、
 それでも、
 一日一日、稽古の日が減って行くのが寂しいと、
 哀しげにする。

 おお、演劇って、稽古って、そんなに幸せな行為だったのか……

 細かい小返しなんか、すっかりめんどくさくなって、隙あらば、サボりたくなる、オッサンが忘れてしまった感覚であった。

 で、あんまり必死にナムヒが打ち込むものだから、それにつられて、こちらもつい熱が入る。
 
 濃密な時間だった。
 
 ここに至るまでの経過が経過だったので、

 アブナイ奴なんじゃないか、最後まで持たないんじゃないか、という心配があったが、
 それも取り越し苦労だった。

 よく食うし、酒も飲む。
 最近では通訳なしで、我々と過ごすことも多くなった。

 お互いにデタラメな英語と、
 ナムヒが覚えた、日本語のセリフの断片ちゃんぽんで、
 あとはガッツで語り合う。

 ナムヒは、自分のことを
 オラ
 というが、

 それは『お伽の棺』のセリフである。

 ともあれ、芝居はちゃんと出来上がった、と思う。
 

 いつもなら、ホッと一息つき、机の整理など始めるところだ。

 ただ、今夜は久しぶりに、寝付きが悪そうだ。
 公演を前にして、ドキドキしたり、不安になったり、なんてことは、もう随分前からなくなっていた。

 まして、ちゃんと稽古したと思えたら、すっかり楽になり、お買い物にでも行こうか、なんて感じになったものだ。

 しかし、今回は、なんか落ち着かない。
 
 不安だけでなく、楽しみでもある。ドキドキしつつ、ワクワクしている。
 ほんの小さな韓国の地方都市の劇場で合計5回だけ、こっそりやって来るみたいな、ことなんだけど、

 まるで、劇団を旗揚げしたばかりの頃のような感じだ。
 あの頃は、
 中央林間の私の家の実家の車庫で、作った舞台装置を、レンタカーで下北沢まで運ぶのさえ、大事業だった。

 杉山がうちに泊まり込み、運転して行くのだけど、前の晩から、地図とか調べて、二人ぜんぜん眠れなかった。

 中央林間からシモキタまで、が
 28年経って、

 錦糸町からインチョンまで、になったワケである。
 でも、
 そのドキドキ感は、あれと同じだ。

 
 荷造りしなきゃ……



 
 
 

 

  
 
 


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