韓国エッセイ

 再デビュー

 (韓国渡航記 画像は岡森さんのブロクでお楽しみ下さい)

 拙著『夢みるチカラは眠らない』(春秋社刊・入試にも出る)にも書いたことであるが、若い頃の野望を、私は三十代で達成してしまった。

 芝居で食べたい、生きていきたい。自分の作品が大きな劇場で上演されるようになりたい……

 思えば、あまりにささやかな野望であったことよ。
 もちろん、歴史に残るような大傑作を作りたい、という夢はずーっとある。今までも、これぞ傑作だと思うモノはあったけど、絶対どこかに不満は残るし、必ずしもすべてのお客さんが喝采を下さるワケでもない。批評・評論にいたっては、たいてい真逆な結果になってる。

 おそらくこの夢というか、課題は芝居を続ける限り、永遠に残り続けるモノだろう。
 とりあえず、望みがかなう。これほど幸せなことはない。それでも、人生は続く。課題も残る。

 返す返す、青春の野望が小さすぎた、と私は嘆いている。
 しかしロンドンやニューヨークに行って、遙かに大きな世界を知った。
 「スズナリから日生劇場(大きな劇場なんてこれぐらいしか当時はなかったのよ)まで」、あらゆる劇場で私芝居を上演するのだ。そんなスローガンでやってきて、スズナリから日生劇場までいろんな劇場でやれるようになったけど、世界には更に、たくさんの魅力的な劇場があって、大勢の観客達が芝居の開演を楽しみにしている。
 それを実感して、もはや青春とは言えぬ頃に、やっとまた新たな夢を得た。
 ちょっと遅すぎたけど……
 それがエッセイに書いたことだ。

 いよいよ明日が、仁川の初日になるのであるが、だからこれは第2章の始まりである。もっと大きな世界に向けての新たな一歩。

 正直に言って、今の私にとって、あまりにしょぼい上演環境である。壊れかけた古い文化会館の百人程度の小劇場。(仁川の新開発地には新しい文化センターが建っている)それさえちゃんと埋まるかどうかも怪しい、宣伝の少なさ。一泊2千円の昭和チックなモーテル「ドリームパレス」。
 決して経験がないわけではない。でも、15年ぐらい前に大方やり尽くしてきたことだ。
 何で今更、こんなとこで、こんな思いしなきゃならないのか。
 「モーテル・夢の城」の出の悪いシャワーで、シャンプーの泡が流れるのをじっと待ちながら、自問自答する。
 
 けれど、経験があるからこそ、分かる。
 いつも、夢はここから始まる。アウェーの地でチャレンジャーとなる。それは夢見る者の宿命だ。
 きらめく夢も、現実の第一歩は、壊れかけた文化会館の、ガラガラの客席なんだ。
 二十歳の頃、恵比寿のスーパーの地下にあった民芸酒場の舞台を一日3万円で借りて、劇団を旗揚げした、あの時のように。
 おそらくこんなことしてなきゃ、そんなものがこの世界に存在することさえ私達は知ることもなかっただろう、韓国の地方都市のボロボロの連れ込み宿の名が、
 「ドリーム・パレス」
 であるように。これが夢の、現実の中での正体だ。
そして、その厳しさを思い知ることから、本当の夢との格闘が始まる。

 だから絶望はしていない。かと言って浮かれることもない。
 今、踏み出すこの第一歩から、どうやって次の歩みに繋げていくか。ただそれを考えている。
 
もっとも、さすがに小さな島国の中とはいえ、27年もやって来た経験は大きなもので、ひたすらに無我夢中で、体当たりしか知らなかった若い頃とは、しぶとさも持っている技も芸も違う。
 舞台の上では、キム・ナムヒが唯一の新鋭である。私を含めて古株達は、多少のことでは驚かない、狼狽えない。仕込みの日が、いきなり消えても、笑い合ってる。
 そのキム・ナムヒだって、プロが集まった、80人のオーディションからただ一人選ばれた才能なんだ。昨日の夜、通し稽古を見に来た地元の関係者も驚いていた。

 「彼女がここまでやるとは!」と。
 そんなの、私には見えてましたよ、あのオーディションの時に。
 と一応言っておいたけど、実際は、私も驚いている。彼女の成長は、まるでハカナのようであった。我々の1年がまるで一日。
 顔つきまで、この3週間で劇的に替わってきた。東京に帰る頃には、きっとさらに女優の顔になっているはずだ。

 そもそも思えば、旗揚げの頃、劇団に女優なんていなかった。サークル感覚でいいからと、普通の女子大生を拝み倒して、一回きりで出て貰ったりしていたのだ。
 自分から入りたいと言ってきたのは旗揚げから3年間で中原三千代ただ一人だったし。
 ともあれ、そんなことアレコレ考えつつ、いよいよ明日が初日である。
 
 振り返って、この日が第2章の始まりだと、いつの日か語り継がれるようになりますように。
 ドリームパレスが、美しき思い出の場所となりますように。

 おそらくは誰も知らない、恵比寿の民芸酒場『ビアン』が、我々にとって今も尚、忘れられぬ場所であり続けるように。


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