いよいよ明日……

 帰国したら、そこは母国なのだから、楽に公演が出来ると思っていたのに、
 東京の方が大変だった。

 帰国してからひと息つく間もなく、神経を使い通しで、倒れる一歩前って感じ。

 最後の最後まで、開演時間が遅れ、お集まりの皆様には、大変ご迷惑をおかけしました。
 申し訳ございませんでした。

 そしてようやく、この長い旅も最後の場所にたどり着く。
 明日の厚木公演(7時半開演)で、ラストである。

 こここそは正真正銘のホームなので、何の心配もなく、芝居に打ち込めそうだ。
 でも、
 ああ、これで終わりか、
 ムーニィやナムヒ、ファン先生らとも、しばしのお別れかと思うと、
 それで心が乱れてしまいそうだ。

 感傷に浸るのはまだ早いんだけど、
 出会ったときからカウントダウンが始まっている、海外コラボレーションの宿命である。

 釜山の公演のアフタートークで、
 「たずはなぜ、逃げずに最後まで機を織り続けているのですか?」
 という結構鋭い質問がひとりの若者から出たのだった。

 一通り私が答えたあと、ナムヒに振ってみた。
 その時、ナムヒはこう言った。

 「私の中では、善治が鶴のように春までいろ、と言ってくれた時から、春の向かって時間が流れ始めています。
 だから最後の時、ああ、ついに春が来たのだと、思いながら、機を織っています」

 良い言葉だな、と思った。
 作者も忘れている言葉を、見事に語り直してくれた。
 
 春がとうとうやってくるのだ。
 花も咲くけど、別れもある季節。

 ところでそんなナムヒは
 今も台本を手放さず、一人で読みふけりつつ、泣いていたりする。

 UMU の玄関先のタバココーナーの床に一人座り込んで、何やら本に読みふけるナムヒの姿を見かけた、お客さんも多いんじゃないだろうか。
 あれは常に台本であった。

 昨夜見に来てくれた、杉田成道監督が、ナムヒを激賞し、わざわざ出待ちまでしてくれて、本人に素晴らしかったと伝えて下さった。

 杉田さんは、役者には厳しい人で、手放しで役者を誉めることは滅多にないので、
 これは特筆すべきことだ。

 「北の国から」の続編か何かに、韓国の留学生でも出てくることがあれば良いのに。

 私が、でもこの人、毎日違うことやるんで、ハラハラなんですよ、と茶々を入れると、

 ナムヒはちょっと恥じらうように笑った後、
 「私は今も、たずとはどんな人なのか、探し続けている最中で、答えがみつからないのです」と答えていた。

 もうあと、一回で終わりだというのに。

 それは、いよいよお別れの時だな、なんて極めてアマチュアチックな感傷なんか吹き飛ばす、役者の言葉でもあった。
 それも、もはや人の評価なんかどうでもよくなり、自分自身しか敵がいなくなったようなベテランが、言うようなことである。

 私は二十歳も違うこの人に、大事なことをいろいろと教えられている。

 この人が、その繊細な神経を大切に守り通しつつ、
 逞しさと強かさを備えるプロの女優になり、いろんな場で活躍することを心から期待している。
 ロウソクでよく見えないのが申し訳ないけど、
 本当に端正で美しい顔でもあるし……

 そして願わくば、
 我々と過ごした日々が、そのサクセス・ストーリーの始まりであったと語られる日がいつか来ることを……
 

 
 
 
 


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