ポーちゃん、母になる
昨日、ポーシャ(ヨークシャーテリア♀)が出産したのだった。モーツァルト(ヨークシャーテリア♂)の子である。
十六日は、出産予定日ではあったが、犬はたいがい夜に産むと聞いていたので、ちょっと油断していた。それが早朝に破水し、いかにも、そんな気配が漂ってきたのだった。
2匹の実家である、犬舎の先生から、夫婦で事前にいろいろレクチャーを受けていて、
へその緒も、この手で切り取る覚悟で待機していた。
しかし
朝からの異変で、しかも妻は、仕事に行かねばならず、ただ一人、寝ぼけた状態で、非常事態に放り出された。
お互い仕事があるので、ここは辛くても、どっちかでやるしかないと、打ち合わせはしておいた。
ま、夜いないことの多い私がその役目に、当たる可能性は低いと油断していたのだが。
それでも、ムツゴロウさんのテレビとか、大好きで、ガキの頃からずっと見続けてきた身である。
一人で見事にやり遂げて、この日記で自慢してやろうと密かに決意も固まったのである。
ところが
現実はそんなに甘くなかった。
数回の陣痛を経て、ポーシャの局所から、何かが出てきた。羊膜だろうとすぐ分かり、いよいよ来るかと、身構えたのだけど
そこから、何も動かなくなった。
お腹が苦しいらしく、ポーは、ハアハアとして、時に腹部を大きくなげうたせる。
でも、お尻から、ちょうちんのように白い膜が膨らむだけで、何も起きない。
こんな早朝から、電話連絡で、先生が指示を送って下さっていたのが、心強かった。
それを報告すると
大事にしたいので、今から、病院に行って下さい、とのこと。
そこで慌てて、お尻から何か出したままのポーをタクシーに乗せて、獣医さんのところに運ぶ。
ここから、逐一書くと、えらく長いドキュメントになるので、いつかちゃんとしたものに纏めるとして、
結論から言えば、
初産のポーシャ、どえらい難産なのであった。
4匹いることは、事前の診察で分かっていたけど、もともともカラダが小さめの上に、陣痛が弱い、と。
帝王切開の必要もあるかも、と説明を受けた。
犬舎の先生も心配して下さり、病院に駆けつけて下さった。
で、これはひっかかっているかもだから、引っ張り出しましょうと。
病院に運ぶ間に、何かが動いたらしく、白い膜の中に、小さな足先だけが、見えだしていたのである。
で
先生と、ドクターで、胎児のカラダを掴んで、引っ張りだし始めたのであるが、これが、途中でどうにも動かなくなった。
私はもう半泣きで、苦しがるポーを押さえていた。
アタマがひっかかってる。
そして、たぶんこの子は、助からない。
でも、この子をうまく出さないと、あとの3匹とポーにも危険が迫る。
でも慎重にやらないと、首が抜けてしまったりすることがあるのだそうだ。
何とか助かってくれ、と神に祈った。
何の神様が分からない、とにかく、何か大きな力に向かってだ。
ドクター二人が、取りかかってくれて、ポーの局部をこじ開け、ようやく第一子を取り出した。
その子は男の子だったけど、すでに息はなかった。
事前のレントゲンでは、アタマが通るサイズだったはずなのだが、初産なので、骨盤がうまく開かなかったらしい。
とりあえずポーは、一息を付いた。
見ているだけで、こちらのカラダが痛くなるような、ことをされているのに、いつものつぶらな眼で、こちらを見上げている。
なにもしてやれない自分が申し訳なく、アタマを撫でてやるのが精一杯であった。
その手をポーは、静かに嘗め返す。
その悲しいことと言ったら。
先生たちはこれからの対策を話し合いだした。
促進剤とか、帝王切開とか。
おりしも、その時、また局部から、何かが出てきた。
今度は、黒いものである。
付き添っていた私は思わず叫んだ
わあ、出てきました。
黒いのは、羊膜の中に、しつかりと子供がいたからである。
第一子が通り抜けたことで、少し道が出来たていたようだった。
その子は、先生の介添えで、さつきまでの悪戦苦闘が嘘のように、意外なほどスルリと、この世に出てきた。
でも羊膜の中で、ぐったりしているように見える。
先生とドクターが、羊膜を破り、へその緒を切り、タオルで顔や、カラダを吹き始める。
すると、手足をバタバタと動かしだした。
キューンと小さく鳴き声も立てた。
男の子である。
先生が、ポーの乳首を一つつまみ、ミルクを絞り出す。
そしてそこに生まれたての子の、口をあてがった。
すると、男の子は、たちまちそこに吸い付いて、ミルクを吸い始めた。
ポーが、子犬の全身をペロペロと嘗める。
ポーちゃんは、子供の面倒をよくみるお母さんになるわ。
先生の声を聞きつつ、初めて見るその情景に心が震えた。
美しいとか、感動的 とかいうのものでなく
そこはかとなく神聖なものであった。
その後は、男の子、最後に女の子が、続いて出てきた。
妻も、その次の子からは、登場に立ち会うことが出来た。
第一子の犠牲によって、3匹が、誕生した。
犬舎の先生とスタッフの方と、病院のドクター二人とが全力で支えて下さり。
午前6時前から始まって、最後の女の子が、お乳に吸い付いたのが午後12時過ぎであった。
犬は、安産の象徴と違うんかい、と思いっきりツッコミを入れる余裕が生まれたのは、ポーと子供たちを無事に家まで連れ帰った後であった。
そしてしみじみ思った。
こんなこと、俺一人で、どうやってやり遂げよというのだ、と。
まあ
今回の場合、ちょっと特別ですよと、ご説明は受けたが。
ともあれ
現在、母子共に元気で、3匹はずーっとお乳に吸い付いている。
巣箱の掃除とか、体重測りとかのために、ちょっと子犬を動かさなくてはならないのだけど
その度にポーは、クウンクウンと、声を上げる。
片時も、子供たちを離したくない様子だ。
ポーはたぶん昨日の朝から、今日までほとんど寝てなかった。
今日の夕方、いよいよ限界になったか、少し慣れて来たのか、
ついにゴロリと横になって、イビキをかいた。
さらけ出された、お乳に、まだ眼の開かぬ3匹がぶら下がる。
それをじーっと見ていて、さっきまた、ちょっと涙が出た。
旦那でお父さんの、モーツァルト君は、まったく事態を把握してしてなくて、相変わらずボールで遊ぼうとじゃれついてくる。
お前だけ、なーんも変わってねーな。
まったく
男って、何なんだ。
とワシも思います、世のご婦人方。
