趣里のはなし
今回、趣里さんに出演して頂くにあたって、彼女に対する予備知識は、ほぼゼロだった。
六角と伴が所属する事務所の社長さんが、すっごくいいから、とご紹介下さり、話をまとめて下さったのだけど
初めて会ったのは、円形劇場のロビー『オリビアを聴きながら』の公演の時だった。
思えば、つい最近ですな。
ちょうど、この芝居の構想を練っている時。
扉座をご覧の方は、知ってると思うけど、扉座作品はほぼ宛て書きである。
今回は誰にどんなことやってもらおう、とか、主なる役者の配置とともに、それぞれの見せ場とか、仕掛けを画策しつつ話を作る。
それが細かいパズルのようで、いつもクタクタになるのであるが、
自分の劇団で、出来ない事書いても仕方ないし、子飼いの役者たちに、必要以上に無理なこともさせたくないしな。
大変な思いして一座を抱えている以上、その一座が生きるようにしなきゃ意味がない。
しかし、
趣里さんについてはノープランであった。
ま、そういうことは、商業エンゲキとか書くときは、初めて出会う役者さんが多くて、ほぼそうだと言っていいので、
宛て書きならぬ、当てずっぽう書き も決して無理な話でもない。
それが出来なきゃ、作家の仕事にならないからね。
だからそこは、勘というか、半ば博打で、出目を狙ったわけだ。
でその結果を、今、高円寺でご披露させて頂いている。
当然裏目に出る可能性もあった。
芝居の中に、出てくる話じゃないけど、姿は良いのに、セリフ言わせたら、グシケンになっちゃうことだって、
ままあることだ。
しかし
結果は、ご覧の通り。
もっと、趣里に、ぶっ込んでおけば良かったと少し反省している。
そりゃ、お父様お母様のご威光は、無視できぬほど大きくて、話題にも欠かないけど、
そんなことを抜きにしても、というか、そんなことを知らない、わたしの友人たちが、
あの子、面白いねえ、可愛いねえ、と言って帰って行く。
そんな時は、敢えてそれ以上説明せず、
そうでしょう、とだけ言っておく。
実際、稽古場から、我々は、彼女のやることのすべてを、興味深く見守り、楽しんだ。
ある日、稽古場の冷蔵庫に、大きなケーキが一個入っていた。しかし、それが数日、手つかずで、ずーーーーっと置かれている。
聞けば、趣里が買ってきて、そこに入れたのだという。
自分で食べようと思ってたらしい。
ほっそい女の子だけど、ずーっと何かを食べ続けている女の子だ。それでまったく太らないらしいから、女子たちから羨ましがられている。
ケーキは、頑張ってる自分へのご褒美ケーキかなんかのつもりだったらしい。よしっ、と手応えを感じられた時に食べようと思ったらしい。
でも、ずーーーーっとあるので、聞いてみた。
あのケーキどうするの?
すると趣里は軽く狼狽え。
ああ、あのケーキ、ありますよねえ。あのままですよねえ、でも、もうダメですよねえ、とっくに期限切れてますよねえ、ああ、どうしよう。あのままですよねえ。
そして冷蔵庫を開けて、ケーキを確認し、
わあ、やっぱり期限切れです。ああ、ダメですよねえ。まだあったんだ。そうですよね。ああ……
とか言いつつ、そのまま扉を閉じてしまった。
んで
その日はそのまま過ぎ、数日後、たまたま冷蔵庫を見たら、ケーキはそのまま置かれていた。
いったい、どうするつもりなんだ。
稽古場で、皆がこのケーキの行方を、固唾を呑んで見守ることになった。
まだあるよ、そうだね……
もはや稽古に手応えを感じても、
食べるに食べられぬものになっているのは確実であった。
しかし彼女は、頑なにそれには触れず、どうやらそのまま忘れ去りたいと願っているようでもあった。
まだあのままです…
そんなひそひそ話が続いた数日後、もうそろそろ稽古も終わろうかという頃
趣里がふいに、私の前に立ち、
廃棄しましたよっ。
となんとも得意げに、微笑んでいた。
ちょうどその頃、彼女のブログに、一週間前に作ったスープを放置してしまい、今、怖くてフタが開けられなくなっている、みたいな話が書かれていた。
たぶんその鍋も、一回、フタを開けて、
ああもうダメだ、どうしよう、うわあ……
とか言ってから、またおもむろにフタが閉められたのだろう。
それをようやく廃棄したから、ナンだって、言う話だ。
というか、そもそも、放置したのは自分だろうという話だけど
その顔は何とも、晴れやかで自信に満ち
私だって、やる時はやるんですからね、
という、いわゆるドヤ顔であった。
実に愉快な観察対象である。
次に彼女に役を作るときは、そこら辺のこともよく考慮して、深く書き込もうと思っている。
というか、もう一度、あなたを書かせてね、とすでに頼んでいる。その時は、朝ドラとか大河ドラマの話が来てても蹴飛ばしてよと釘を刺しつつ。
そこらの二世タレントとは、モノが違うと、ワシが断言しておく。
まだ世間が彼女を発見していないから、こうしてうちの冷蔵庫にケーキも入ってたけど、
そのうち誰かが気付いて、もっと大きな冷蔵庫のあるとこに連れ去っていこうとするのは目に見えているからな。
今のうちに念書を取っておかなきゃイカン。
今回の趣里さんの登場は、我々の出会いとして、悪くないし、私の勘はかなり当たったというか
舞台経験も乏しいはずの趣里が、しなやかな感性と、鋭い洞察力で、グワっと求められている役目をワシ掴みにし、
魅力的にやってくれて、
決して当てずっぽうなんかではない、感じに仕上げてくれている。
今も日々、舞台の上で何かを掴んで、進化しているのがとても頼もしい。
だから
元に戻るが
もっとドーンと大きくぶっ込むべきだったと、深く反省している。ゼンツッパ、つまり、全額ツッパってのぶち込み、を敢行しても良い逸材であった。
皆さん、今、見て記憶に留めておくことをお勧めします。
競馬で言えば、のちの三冠馬の、ぶっちぎりの新馬戦を目撃することと同じです。
これはやがてレジェンドになる小さなレース。
にしても
そこら辺の、どーんとぶっ込む度胸のなさが、つくづく私の博打の弱さである。
ま、しょっちゅう根拠のない勘を頼って、ゼンツッパ していた後輩のヤマジ君は、それで何度も地獄の底の更に底、
いわゆる二番底、三番底をさすらい死にかけていたがな…
そんなこんなの天下茶屋、
本日は2回公演、28日まで座・高円寺でやってます。
当日券もございまする。