お兄ちゃんと、恩人のこと

 今、我々がお兄ちゃんと呼んでいるのは、柳瀬大輔氏。
 弟もミユージカル俳優で、その名は柳瀬亮輔、え、今は亮だっけ。ころころ改名するから、時に追いつけないが、ともかく、実の弟で、元扉座にいた。
 だから、お兄ちゃん。
 私より年下なんだがね。

 もう20年前のこと、うちが歌入り芝居やる時に、頼んでいたポイトレの先生がいて、木内康子さんという素晴らしい人だったんだけど、
 その人と、いつかミュージカル創ろうねと、約束があった。
 
 で研究所が出来た頃、亮を研究所に送り込んできた。亮はその時すでに専門学校でタップダンスを教える講師だった。
 でも本格的な芝居を勉強したいと言っていて、だったら扉座がよい、ミュージカルを創る計画もあるし、ということで、同じ専門学校で歌を教えていた、木内先生が我々をつないでくれたんだ。

 そこから扉座内に亮を中心にして、ダンスと歌の特命チームを起ち上げて、木内先生指導の下、ミュージカル作りの環境を整えるよう動き出した。

 だから木内さんが、我々のミュージカル計画の種を蒔いてくれた人。
 そこでの試行錯誤が、『ドリル魂』につながってゆく。

 しかし木内さんは、ドリル魂の実験段階の、稽古場パフォーマンスを見ただけで、ガンで亡くなってしまった。
 
 横内さん、早く創ってくれなきゃ間に合わないよ。

 ガンに冒されつつ、エバラのような巨体だった彼女が、急激に痩せていきながら、それでも若手の歌レッスンをし続けてくれた、その声が今も耳に残っている。
 旦那さんが某劇団の製作だった人で、劇団活動の大変さをよく知ってた。

 あなたのやってることは、凄いことよ、挫けないで。

 何度も何度も言ってくれて。
 我々のために泣いてくれて、笑ってくれて。
 熱くて、優しくて、面白い人だった。
 葬式の日は劇団公演の本番中だったんだけど、朝、告別式に出て、その夜の本番、サザンシアターの後ろの方で芝居を見てて、
 涙が止まらなくなって、困った。

 今回の舞台は、ミュージカル『レント』の作者が、初日前に突然死してしまって、トニー賞のトロフィーを代理で受けとった妹だか姉だかが、授賞式でやった

 ニューヨークで夢をみながらバイトして頑張ってる皆さん、諦めないで。兄もずっとそうでした。

 というスピーチがモチーフになってるんだけど。
 その『レント』のテーマ曲を、20年近く前のこの頃、この木内さんが、あなたたちにふさわしい。と楽譜を持ってきてくれて、指導してくれた。
 

 
 その頃、すでに亮のお兄ちゃん大輔氏は、劇団四季でタイトルロールを演じる、スターだった。
 
 ジーザス、野獣~ オペラ座のヒロインが恋する、ラウルとか。

 亮は、そんなお兄ちゃんに負けまいと、わざわざ小劇場に学びに来たんだ。
 その頃、亮の関係で、お兄ちゃんとも何度か会ったけど、

 まあ、別世界の人だとしか思ってなかった。
  
 それが四季の王道をひた走っていた、お兄ちゃんが退団になって。
 しかしその後の定番の、東宝ミュージカル進出という、さらなる王道よりもちょっと違うケモノ道を進みたがってる、
 なんて身内情報を得て、

 『オリビアを聴きながら』を創るときに、思い切って出演オファーをしてみたんだ。

 そしたら快諾してくれて。
 すでに出演が決まってた、弟・亮との兄弟初共演が実現したのだ。

 お兄ちゃんは、四季では体験できなかったことを、今からどん欲にやっていくのだと熱く語る。
 というか良い声で語る。
 声が良すぎて、熱いと言うニュアンスがなかなか伝わりにくいのであるが、
 言うことは実はケッコウ過激で、革新派の人である。

 でも、それまで積み重ねてきた、財産に微塵も執着せず、なんなら全部捨ててもいいんだという気配を漂わせて
 ごくごく自然に扉座の稽古場にいて、
 有馬自由と、ゲハゲハ笑い、焼酎のクジラ飲みを競い合ってる姿は、
 とても、かの劇団の王道の人であったとは思えぬ、自由さだ。

 洗練された大劇場の主役を、明日からだって出来るプロ中のプロなんだけどね。
 
 五十嵐可絵同様に、世間がぼんやりしてて、見落としてるのを幸いに、扉座が良いように使わせて頂いている。
 でも、きっと、こうして別世界のアレコレをディープに体験してしまった、
 ミュージカルの王子様は、
 王道とは別の、邪道、覇道を遍歴したあげく

 きっと逞しき本物の王様と成って、いつか大きなお城に帰るだろうという気がする。
 五十嵐が、さらに進化して、もっともっと高く飛び上がって行くだろうと同じように。

 だから今回の舞台は、いろんなことが重なり合って、ひとつところで出会っている
 奇跡的な結実なんだ。

 少し早くても、遅くても、この作品は生まれていない。
 扉座も、今この時だから、これが作れている。
 扉座の役者たちも、ゲストに負けず、何かを見せて。
 ひとつの世界に融合させて。



 
 私は、ミュージカルに取りかかる時は、木内さんのことをどこかに書くことに決めています。
 彼女の思いを、改めて作品に注ぐために。
 
 今回、ひとつのバラードに、こんな歌詞を付けている。
 てか歌詞とも言えぬ、当たり前すぎる言葉の繋がり
 
 こういうことが歌だからこそ言えることだと思う。


 あなたは私の大切な人 かけがえのない青春の戦友
 心込めて ありがとう
 大好きよ、愛してる
 
 
 


 


 



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