猛反省

 あらゆる特殊体験は、私の場合、貴重な資料である。
 まあ、それで心身が傷付くようなことの場合は、そんなに呑気なことは言ってられないけど、それでもその苦痛を真の意味で乗り越えるのは、それを上手く言葉に出来た時だったりする。
 そういう人生なのだろう。

 と、そんな大袈裟なことでもなく、ちょっと無念な思いをした大晦日であった。

 妻と夕食を食べていた。
 その時、電話が鳴る。
 
 食事時の電話なんか、無視することが多いのだけど、大晦日のことなので、慌てて出てしまった。

 すると、

 「あの、あなた、税金納めていますか?」
 「は?」
 「税金はちゃんと納めていますか?」

 なんのこっちゃ?
 しかも、何か、税金という言葉に似合わない若い声であった。
 その上に、ちょっとオドオドしている。
 にしても、大晦日に税務署がなんだってのさ。貧乏長屋の酒屋のツケじゃあるまいに。 

 咄嗟に出たのが、
 「何だ、お前……」
 そして、私は少し腹を立てて電話をバシッと切った……

 「何?」
 妻が聞く。
 「なんかイタズラか、オレオレみたなのやヤツかも」
 「え……」

 その時、私の心に猛烈な後悔の念が湧き上がったのだった。

 しっかり食い付いて、もっとアレコレ、聞けば良かった!

 生オレオレ何とかと、話すチャンスなんてそんなにあるもんじゃない。それも、工作中のオレオレ君と。
 
 その後悔の瞬間から、私の頭に、さまざまな言葉が浮かんだ。
 「あっ、そーいえば、払い忘れがあるかもしれません」とか。
 「何か不具合がありましたでしょうか……」
 なんて深刻な声でお応えするとか。

 せめて、何の目的で、こんな電話をかけてきてて、その後にどんな展開になるのか、じっくりと聞き届けたかった。
 いや、聞き届けるべきであった。
 で、逆に何かにはめ落としてやるとかな。
 せめて、後悔話でなく、面白話として、売れるぐらいの仕入れにしなきゃ、作家として恥ずかしい……

 もはや昨年の出来事なので、年も改まり、私は心を入れ替えている。
 今度、こんなチャンスが巡ってきたら、その時は、どこまでもディープに食い付いて、しっかりと釣り上げてやろうと思っている。

 なんか、一度は食い付いた二百キロ級のマグロを、まんまと取り逃がした大間の漁師のような気分になったのだった。

 
 


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