三つの課題 その顛末

引きこもり生活が始まって、丸二か月以上。街はそろそろ動き始めている。

4月の日記に二つの目標を書いた。

太らない。

仕事部屋の断捨離。

実はコロナが流行る前、2月から3月の頃、私はすでに生涯最高体重を記録していた。
2月10日、父の葬儀の時、久しぶりに出した冠婚葬祭用のスーツがパツパツだった。
こんなので通夜~葬儀を過ごすなんて拷問だと思い。
慌ててデパートで一回り上のサイズを新調した。

コロナ自粛期間に、自己最高体重を記録したという人は多い。
それ以前に、私はすでに記録到達していたのだから、あとは自己記録の更新が続くだけだ。
どこまで行くのか、怖くなった。

そんな状況で、さらに家から出ない生活なんかに突入するのである。
もう見た目を気にするような歳でもないし、
どんなことよりも美味いもん食って、皆とワイワイやる時間こそが幸せなんだと、年齢を重ねるごとに痛感しているので
今後デブ化しても一向に構わないと思っていたんだが

外食できず、ワイワイもやれない非幸せ環境の中で
ただただ太ったんじゃ、切なすぎると思って、
妻と相談し、人生初の本格的なダイエットを慣行してみることにした。
と言っても、運動は犬の散歩程度。
徹底的なカロリー制限である。

この間、まともに米やパンを食うことはなかった。
麺にしても、こんにゃく麺とか、豆腐麺とか。すべて糖質カットでまとめて貰い、甘い菓子類もまったく口にしなかった。
しかし外食、それもアフター劇場の、居酒屋ライフが全くなくなって、ひたすら家ご飯だから、次々と現れる目新しいダイエット食が思った以上に苦にならず。
むしろ体重計に乗る度に、見る見る減っていくのが面白くなり
結局、4月初頭のスタート時から、今現在、約7キロ落ちている。
ここ2年ほど、腹回りがきつくてはかなくなったズボンなどもスッキリと通っている。
お陰で3年ぶりに日の目を見た洋服たちもあり、趣き深い。

もっとも今後、エンゲキ活動の復活によって、深夜居酒屋メシを食うようなことが起こり始めると、あっという間に元に戻る不安がある。
せめて、年内は持ちこたえて、この成果を人にお見せしたいものだ。

常日頃、劇団員たちに、やせろやせろ、とパワハラ気味に言っている。
食いたい盛りの若い人たちに、そんなガマンさせるなんて、と心を痛めてもいた。
しかし、やってみると、そんなに大変なことじゃねえよと、威張って言いたい私がいる。

2つ目の断捨離も見事に成し遂げた。
本格的な作家生活に入って、35年間一度も整理したことのなかった、本やCD類。
買って読んでない、本もたくさんあるが、人生の残り時間を計算してみて、到底読み切れないと思うモノ、読み返さないと分かるモノ。
しかしそれだけじゃ、ほとんど減らないことが大掃除の途中で分かって。
あとで後悔するかもだけど、とりあえず今は必要ないモノも、迷ったら切る方針に転換して、BOOKOFFに出した。
その数、段ボールで30数箱。
80000円弱のお金になった。
メシの種とはいえ買った時の値段はたぶん、その50倍以上だろうがね。
それでも、
これも目標達成し、空間が誕生した本棚に、溢れかえる物の山に埋もれていた記念品の置物なんか飾ってみると、
ここ数年の課題がクリア出来て、心の底からスッキリした。
分かっちゃいるけど、いろんなものが多すぎるんだ、我らの暮らしは。

ということで、2つの課題クリアでメデタシメデタシと言いたいが、実はもう一つ心に決めていたことがあった。

それは、新作の極秘執筆である。それもまったく今年の予定に入れていなかった、新作だ。
誰にも知らせず、一本書き上げてアッと言わせようと思った。

私には韓国ソウルに、親友のような教え子がいる。かつて早稲田大学で講師をしていた時に出会った留学生の金文光クンという。今は日本語の翻訳や、アートマネージメントの仕事などをしている、日本文学にも深く通じる日本語の達人である。
6月公演の韓国語キャスト入りバージョンの戯曲『お伽の棺』の翻訳をしてくれたのも彼。
本来ならば、彼がコーディネイトしてくれたオーデションをソウルで開いて、有望な韓国人女優を一人、東京に連れてくる予定だった。

その頼もしい友弟子が、私が劇団で新作を書く度に、それを韓国演劇界にプロモーションしてくれようとするのだが、これがなかなか上手くいかない。
キム君が言うには

「先生、内容云々の前に、先生の作品は登場人物が多すぎます。20数人も登場する芝居を上演できる劇場は極めて限られています」
「何人ならいいの?」
「4、5人で。舞台セットは一つです。大学路(※韓国の劇場街)では小規模に始めてロングランを狙うのです」

さもありなん。
私がプロデューサーならそう思う。
200人の規模の劇場で上演するのに、20数人の俳優が出てるなんて、普通に考えて狂気の沙汰だ。
こんなことが現実に起きているのは、すべて劇団と言う、恐ろしい化け物の仕業である。

去年、縁あって演出した韓国の人気劇作家の作品『花の秘密』も登場人物は6人だった。
本国ではかなり大規模に製作されたメジャー作品だったらしいが、
出演者も舞台設定も、極めてコンパクトに収めている。
だから日本の小さな赤坂レッドシアターでも充分に上演可能だった

国を超えてウケそうな、何よりも小ぶりで手軽に上演可能な、傑作戯曲を書かなきゃイカン。
これはずっと課題になっていて
今回のコロナ騒ぎで、突然できた缶詰期間こそ、それに取り組む絶好のチャンスだと思ったのである。

んが、その結果は、惨敗であった。
いや惨敗と言うより、闘う以前の不戦敗に近い。
さて、考えようなんて机に向かったのも、4月の前半に2、3日あったかどうか。
その間、何一つ、アイデアも浮かばず、書く意欲も湧かなかったのだろうと思われる。
気が付けば、そんなテーマを掲げたこともすっかり忘れてしまった。

私はもはや、締め切りがないと、点火しないカラダになっている……

3つ掲げた課題のうち、2つはクリアしたのだから、良しとしよう。
とも思うが
この缶詰の日々で、たとえ80キロオーバーの身体になり、仕事部屋は更なるゴミ屋敷と化しても、登場人物4、5人の小振りの傑作がもし書き上がっていたら、
実はそっちの方が良かったな。
何で頑張らなかったのか、今になってクヨクヨする。
一本、欲しかった……

それが出来てたら、コロナが書かせてくれた奇跡の一作なんて言って、さぞ愛着も深まった事だろうよ。
痩せるのなんて、断捨離なんて、いつだって出来ることなんだから。
逆に言えば、芝居一本書き上げて、我が物にすることは、ふた月で10キロやせることよりも、ゴミ屋敷を片付けてピカピカにすることよりも、
遥かに難しいということだ。

芝居一本書くことに比べたら、ダイエットなんか屁でもないぞ、俳優諸君。

にしても、こうして立ち止まって振り返る時間が出来てみると
芝居を書いて、仲間を集めて、稽古して、お客さん集めて、上演して、
さらに次の公演の準備の為にお金を残す、なんて。
途方もないことを、良く続けて来たものだと呆れるやら、感心するやら。

まだ、この先、どうなるのか予断は許されないけど
そろそろ、そんな狂気的な活動の再始動の準備にかからなきゃいけない。

もちろん、それを楽しみにしてこの間過ごした。
しかし、自粛と言う名の長期休暇によって、すっかりラクを覚えてしまった、カラダと感性に、鞭入れて目覚めさせなくては。
あの狂気の世界に、帰ってゆくために。


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