本名モーツァルト

　昨日今日と厚木。
　来年から、厚木舞台アカデミー　という企画を立ち上げる予定になっている。
　文化会館で、才能を育成する　仕事だ。
　
　本格スタートは、来年度の予定だけど、今年から、助走期間として、取り組みはじめるのだ。

　大市民劇　リバーソング　に出た、メンバーを中心に、やる気に満ちた、老若男女が集まった。

　なかでも、子供たちの成長ぶりに驚く。
　リバーソング前は、黙って　大人の話を聞いてるのも難しかったのに。
　じっと、私の演説に耳を傾けている。

　ここから、未来のスターを生むから。

　とりあえず、最初にそう言っといたけど、
　ハイ、と本気で頷く、子供たちのマジな視線に、ドキッとした演出家だった。
　本当に、そうしなきゃ、引っ込みがつかんぜ。

　それはともかく

　今朝、うちのモー平が死にかけた。
　モー平とは、ヨークシャーテリア♂三歳　で本名は、横内モーツァルトである。

　あまりにバカなので、最近は、滅多に本名では呼ばれることはなく、モー平と呼ばれている。
　アマデウス　という芝居のなかのモーツァルトもかなりバカだから、本名でもいいのかもしれないけど。
　
　モー平、そこでションベンすんじゃねーよ。
　それ、オレのパーカーじゃねーか。

　という叫びに、モーツァルトはイマイチ、そぐわいないのである。　
　
　テーブルの上に、リンゴがあった。
　６分割ぐらいの縦割りの、ヤツだ。

　モー平もポーもリンゴが大好きで、剥いた時は、いつもおこぼれを貰うのだけど、テーブルにあったのは、人間用に切ったヤツであった。

　ちなみに、ポー♀二歳の本名は　ポーシャ　である。
　シェイクスピアの　ベニスの商人　という芝居のヒロインの名だ。
　一応、劇作家の家の娘らしくなっているわけだ。
　けど、こちらも、うんちいじり　を趣味とする、ちょい変態アバズレなので、

　ポー、そんなものいらうな、バカ。
　さらに、その口でオレにキスしに来るな！

　と叫ばれている。
　
　で、テーブル上のリンゴを、ふと目を離した隙に、モー平がイスからテーブルに飛び上がり、まんまとくわえて逃げたのだった。

　しかし、人間用のピースで、
　ヨークシャーテリアの口には、ちと大きい。

　んで、くわえたはいいが、そのまま、リンゴの猿ぐつわ　というかイヌぐつわ　の状態に、口にしっかとはまり込み

　モー平は、進退窮まった。
　
　さあ、おとなしく返しなさい。
　と迫ったその時、

　それでも、諦めきれぬ、モー平は
　そのまま、必死に口を広げ、一気にそれを飲み込んだのである。

　何という執念、

　何の苦労もなく、ちやほや　育てているはずなのに、
　我が軍の某若手劇団員なんかより、ぜったいに一食の値段なんか高いはずの、ドッグフード食べてるくせに、
　どうしてこんなに
　言うことを聞かず、はしたない真似するような、バカイヌになり果ててしまったのか。

　と嘆いた私であったが、
　その嘆きはたちまち、悲鳴に変わった。

　リンゴを飲み込んだ、もー平が、いきなりパタリと倒れて、手足をケイレンさせ始めたのだ。

　うおおおお。

　無理に飲み込んだリンゴをのどに詰まらせたのだった。
　
　大丈夫か。
　私は激しく狼狽えて必死に呼びかけた。
　しかし、もー平は　応えない。
　ヒクヒクと、もがくばかりだ。

　まあ、言葉に応えないのは、当然だけど。

　叫べども、何の返事もなく、
　どうしていいか分からなかったけど、とっさに私は
　モー平の後ろ足をグワシと掴み、苦しむモー平を逆さに吊り上げ、そのまま、上下に揺すってみた。
　イヌに何か詰まったら、とにかくワイルドに逆さにしろ、と
　前に誰かにアドバイスされたことを思い出したのだ。

　で足を掴んで、ワシワシと。

　すると、
　絵に描いたような、ゲホホッッッッという咳き込みととともに、
　大きなリンゴが、モー平の口から、変な糸をひきつつ、ゴロリと飛び出してきたのであった。

　よかった。

　息を吹き返したモー平は　慌てて、そこから走り去り、
　彼の定位置のソファーの端っこに飛び乗り、
　単独待機の姿勢をとった。

　そしてベロを出して

　ハアハアハアと。

　それはいたずらして怒られたり、ウンコしてバツが悪いときなんかに、いつもそうする彼のキメポーズなのだけど、

　今日だけは、
　目がフラフラと、挙動不審な感じで泳いでいた。

　あー、死ぬかと、思った。

　一見何くわぬ体を装いつつも、内心は、心臓バクバクで、そんな独り言でもいわなきゃ、収まらなかったのだろう。

　てか、マジ、死にかけたんだからな。

　モー平なりに、怖かったんだろうな。

　とりあえず、無事で良かった。

　にしても、モー平テメー、本当にバカなっ。

　そんな４月１９日であった。