朝倉摂さんの革ジャン

 月末に藤間紫さんのお葬式がある。
 先月のは、密葬であった。

 先日、猿之助さんのお宅に伺い、お焼香してきたので、ちょっと不思議な感じではある。

 それでも、先生が、亡くなった気がしない。
 何かのはずみに、あら横内さん、お元気、なんて声をかけられそうで。
 
 これは密葬の時の話。

 密葬といっても、かなり大きな式になっていたわけだが、
 この告別式に、舞台美術家の朝倉摂さんが現れた。

 この時の服装が、革ジャン。とカラーの柄パンツ。

 朝倉さんは、紫さんの仕事仲間であり、プライベートでの極めて親密なご友人であられた。

 亡くなる直前の病室にも、お見舞いに見えられている。

 なので、誰よりも、その死を惜しまれ、悲しまれていたはずだ。

 でも、式に現れた、朝倉摂さんは、涙一つ見せることなく、どこまでも颯爽としておられた。
 ダークなスーツがずらりと居並ぶ、式場で、その派手なファッションは、かなり目立った。

 けれど、極めて自然に、焼香され、
 猿之助さんに、何か言葉を掛けられると、
 では。

 と退席なさっていった。
 忙しく仕事場を駆け回られる、いつものように。
 
 潔いというか、クールというか。

 でもそこに、深いところで、何かを了解し合った者同士だけが、持ち得る、思いが垣間見えたような気がしたのは、
 私だけだったか。

 悲しみは、胸の内だけにある。
 表面を黒で、装っても、そこに何の意味もない。

 分かってはいるが、
 演劇という、特殊な世界に生きつつも、極めて平凡な男である、私には、
 そこまでゴーイング・マイウェイを貫く、根性はない。

 だから、20年前に買った
 冠婚葬祭用の、吊しの三揃えを、疑いなく着て、参列する。
 未だにネクタイが結べなくて、
 数年前、友人に輪っか状にしてもらった、白と黒のネクタイのその輪っかを、崩さぬように着脱し、順繰りに首に通して。

 だけど
 そんなことをしているうちに、
 胸に起こる喜びや悲しみが、ちょっとありきたりのものに変質するのも、確かである。

 もっとも儀礼とはそういうもので、
 そうして、人は人生の春秋を越えていくものであろう。

 むき出しの感情を、形式に包んで、慰撫してゆくのだ。
 もしくは、収まりの良い記憶に変えてゆくのだ。

 たとえば
 革ジャンで、参列する、葬式は、
 凡人には、逆に重すぎる。

 たとえば
 それが世間知らずの若者の行為なら、
 狙いにせよ、無意識にせよ、
 そっと無視できるものだった。

 でも
 紫さんより年上の、我が国を代表する筋金入りの芸術家が
 かけがえのない親友の葬式に見せた姿である。

 形式の中に、
 気持ちを止めてバランスを取ることの居心地の悪さを
 味合わざるを得なかった。

 もしも逆の立場なら、
 日舞の家元である紫さんは、
 そんな奇抜なことはしなかっただろう。
 きっちりと喪服を、着られたに違いない。
 そして、最も正しく美しい所作で、儀礼を完璧にこなされただろう。
 そしてそのカタチの中に、悲しみを湛えられただろう。
 
 しかし
 カタチと言えば、どちらもカタチなのである。
 完全なるフリースタイルと、完全なる様式と。

 そして
 そのどちらでもない、しかも別に愛しているワケでもない、中途半端な良識というものに、
 曖昧にとどまるしかない私。

 もはやカタチ以外の何者でもない、馬鹿げた輪っかのネクタイに、
 気持ちを縛り付ける私。

 今さら
 ロックンローラーになんかなれないが
 前衛芸術家にもなれないが

 あの革ジャン、
 しかと記憶に止めておこうと思っている。

 だって
 そんな朝倉さんが颯爽と現れた、その時、
 遺影の紫さんが、ちょっと動いた気がしたのだ。

 

 
 
 


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