三木眞一郎 氏のこと

 今回の 乱童 でついに、三木君との芝居作りをやることになった。

 人気者なので、スケジュールを抑えるのが大変だったのだけど、彼自身が東奔西走し、各方面に説得を重ねてくれて、実現した。

 十数年来の友人である。
 芝居を見てくれて、時に観客集めなど、いろんな応援をしてくれてきた。
 で、いつか、芝居やろうねと、語り合っていたんだけど、なかなか実現しなくて、ずるずるここまで来てしまった。

 三木君が参加してくれることになって、私の心構えも、かなり変わった、と告白しておく。

 あくまでもエンタテイメントを作るのが使命だけど、
 三木君は、お伽の棺 なんかを個人的に朗読会で演じてくれたりして、
 私の ドラマに 深くシンパシーを寄せてくれてきた人である。
 この人に、無理言って舞台に出て頂く以上は、これは私のドラマだと言える、作品に仕上げなくてはならない。

 主に時間的な制約に加えて、今後のために、若い作家を育てたいという思いを持って、上原クンという作家との共同作業になっているけど、
 その意味では、稽古に入ってからも、縦横無尽に、ホンに手を加え、セリフも構成も、初稿から大きく変えてきた。
 

 当初の予定より、スケジュールも大きく裂いてくれた、三木さんの登場部分などは、読み合わせの時とは、別の話かと思えるぐらいだ。

 稽古しつつ、早朝に起きて、家でセリフ考えて、そのまま稽古場に行き、そこで新たに覚え直してもらったりして。
 芝居を作っていった。

 しかし、それも、この人が見せてくれている情熱に応えるためである。それはまあ、三木君だけのことではなく、今回の舞台は、いわゆる人気声優の舞台公演に、一石を投じてやるぜ、という野心に満ちた、
 真剣勝負なので 当然ではあるんだけど。

 そこに、私と三木君の、十数年来のテーマであった初仕事の勝負も加わっているのである。

 
 舞台俳優としては、
 繊細すぎる神経が、芝居という野戦場には、ちと邪魔をする部分があり、もっと気楽にやっていーぜ、と、いうのが、目下のダメ出しである。
 
 まだ稽古なんだから、少しは手を抜けよ、と言ってみたり。
 思えば、限りなく変なダメ出しだけど、

 それぐらい、激しく集中して、芝居に取り組んでいてくれている。
 しかし、そんな彼の生真面目さが、アウトロー的な、森田クンと、良いコントラストになっていて、面白くなる予感がする。
 そこまでねらったワケではないが、それは意外な収穫であった。

 ともあれ
 そんな私たちの、十数年に渡る出会いの舞台を、ぜひ見届けて頂きたいと思うのである。

 あと
 その風貌と佇まいの、味わい深さにしみじみ驚く。表情も、何人か分からない、不思議な笑顔や泣き顔で。
 印象深いこと、この上ない。
 
 なんでこの人が今まで、顔出しでドラマとかやってなかったのか、不思議である。
 単純な二枚目ではなく、ちょっと癖のある、第三の男みたいな、得体の知れない雰囲気が、現れるだけで漂う。
 映像演技のコツなんか覚えたら、テレビドラマで、引く手あまたなっちゃうんじゃなかろうか。

 今回の舞台で、そんな三木シンの可能性に世間が気付いてくれたら、いいなあと思う。
 
 三木君には、そんなつもりはないかもしれぬが。

 それでも、こうして芝居をやる以上は、ここに関わる全員に、テレビはともかく、きっちり舞台人になって貰わなくちゃ困ると、マジに思ってやっている。
 それはつまり、一回キリのイベントじゃなく、今後も演劇活動を継続していくということだ。

 そんな三木さんや、森田さんを中心にして、
 意外なほど、アンサンブルもきちんととれる、まっとうな演劇集団になっている。
 この人たちが、核となって、定期的に公演を打つ劇団みたいになったら、面白いなあと思う。

 EXILE が劇団を始める時代なんだから。
 
 でも負けないよ。むしろ勝つ。

 
 
 

 
 

  
 
 
 

 


 
 
 
  


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