あらしのあとに
あらしの翌朝、名古屋へ。
その深夜まで、原稿書きとか。
東京駅で、何とか乗れる電車見つけて、中日劇場にかけつる。舞台稽古になんとか間に合う。
その日はゲネで、翌日本番。
無事に初日が開く。
ちょっと修正点があったけど、客席の反応も良かった。
家元が、名古屋をどりで、客席から手拍子が起きたなんて、初めてですよ、と感激している。
60年の歴史を持つ、この公演、その還暦記念公演に、多少お役に立てて、光栄であった。
千秋楽に向けて、さらに盛り上がってくれたらいいな。
もっとも今回の最大の功労者は、市川笑三郎丈である。
皆、サブちゃんにもっと拍手だ!
昼間の『はしりがねの女』の船乗り役!から
『宗春』の老婆と、劇中劇の傾城、そして蘇った、宗春の妻、春日野。
すべてを見事に演じ分け、その上に、衣裳や音楽の、隅々まで目を配り、歌舞伎様式についてのアドバイスを送る、八面六臂とはまさにこのことだ。
笑三郎ともっといろんな仕事をしろ、それはお前の財産になる!と演劇の神様の啓示を受けた気がした。
さて、初日をあけて、翌日は俳優座に。東京公演千秋楽。
もはやわしに特別の用事があるではないけど、
恩田陸さんをカーテンコールで紹介したいという、一同の強い願いがあった。
ところが恥ずかしいがりやの先生は辞退の姿勢。
確かに、拍手を受けて頂きたい、とわしも思った。
生拍手は、舞台ならではの醍醐味だからな。
これを受けると、誰でも元気になる。
拍手こそ、百薬の長というのが持論である。
しかも、先生にとって初めての作品なんだから。
結果、わしはホストチックなスーツまで用意して、先生のエスコート役を勤めたのだった。
わしがナイトとなって露払いを務めまする!
そういう約束で、それなら私も人前に出るわと、承諾してくれたのだった。
結果的にはナイトではなく、錦糸町の中年ホストになってはいたが。
ともあれ、それやこれやで今日、やっとやっと温かい拍手に包まれてくれた、恩田陸先生!
んで、
先生、涙ぐんでたぞ!
コンタクトがズレただけだい、と先生は言い張っていたけれど……
忘れられぬ公演ですね。
その後は、打ち上げ。
まだ福岡があるけど、楽しく盛り上がる。
しかしっ、
最後の手締めの仕方が気に入らず、余計なお世話ながら、
諸君、それは違うぜ、と途中で止めて蘊蓄を垂れたわし。
扉座周りでは、それは百回ぐらい繰り返された光景ではある。
わしは故・三木のり平先生より、この世に正しい手締めの作法とその意味を伝え続けるようにと遺言で、言われているので、仕方ない。
その内容は、まあ、また今度ね。
わしはもう疲れた。明日に備えて休むことにする。
明日は、何と、新宿の工事現場で『ドリル魂』の記者会見をやらかして、その後は、怒濤の稽古である。
今回はとにかく、何でもやる!
が基本姿勢なのである。
まだまだいろいろやるから、呆れて見てくれ。
しかし、それがドリルの心意気だ。
本気なんだ!
キャスト変更アクシデントでは、皆さんから、ご心配や励ましを頂いているが、
絶対に、この困難を乗り越えつつ、さらに進化させてご覧に入れるから、ご期待下さい。
あらしのあとにこそ、美しき虹はかかるのです!