若手がやるのだ

 ブログライター会見であった。

 今回、稽古が始まる時に、
 高橋麻理と高木トモユキに、お前らの世代が公演を背負ってくれなきゃ困るんだと吠えた。

 若い若いと思っていても、気が付けば彼らもかなり良い年になっているのである。

 今の彼らの歳を聞いて、そのころの自分を思い出すと、すでに劇団も十周年を超えて、一方で外部の作品もガンガンにやっていた頃である。

 それを思うと、もっと存在感示さなきゃ、おかしいだろうと、思い至ったのである。

 で任せたら
 彼らなりにいろいろ考え、山中崇史をMCにまで引っ張り出して、イベントをまとめた。

 そして、
 今までにない大人数の方々に、稽古場にお集まり頂いた。

 やり甲斐のある、ブログライター会見であったと思う。

 やれば出来る。そういう必死の気持ちが、今度の演技にも、しっかり反映されることを願う。

 劇団だから、ただ稽古してればいいのではないのである。
 公演そのものをしかと背負うのを、正しい劇団員というのだ。

 でなければ
 劇団なんか続かない。

 自分で必死に宣伝して、チケットを売るというのは、大切なことだ。
 大劇場の座長だって、基本はそうやって、芝居以外の大きな責任を担ってがんばっているのである。
 ただ規模が違うだけでね。

 よく
 俳優は、芝居以外のことは考えるなとか言う人がいるけど、
 そんなノンキな姿勢でやっていけるのはインチキだ。
 あったとしても、その影で誰かが、泥を被って、必死にその俳優を支えているだけのことだ。

 この業界に生きて30年、観察し続けてきたことだから、間違いない。
 
 必要ならば、釘も打つし、ポスターも貼るし、人に何度も頭を下げて、チケットを買って頂く。
 それが本物の役者、演劇人というものだ。

 ともあれ
 こういうがんばりが、報われて欲しいと心から思う。
 不況で、どこも苦しいのではあるが

 そういう状況を癒せるのは、文化芸能であるのだから。
 こういう時こそ、芝居が、それを愛して必死になってる者たちが、
 輝かなくてはイカン。

 
 
 
 


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