井上ひさし と つかこうへい の
久しぶりに、紀伊國屋の古い方のホールである。
どうか、サザンと間違わずに、ご来場して頂きたい。
昨日は、新宿版の稽古と、その後、本番であった。
窓口お渡しのチケットが多すぎて、混乱し、開演がかなりおしてしまった。
もっと前売りで、売れていれば問題ないんだけどな。
お客様には大変ご迷惑をおかけしました。
申し訳ございませんでした。
一方で舞台は、良かったと思う。
小池先生も、こちらまで駆けつけて下さって、更に良くなったと仰って下さった。
そんな昨日
稽古前の客席に座って、ぼんやり舞台を眺めていたら、ちょっとおセンチになった。
ここに、つかこうへい を必死に見に来ていたのだなあ、とまず思い。
ここは 井上ひさし先生も、ホームグラウンドにしていたなあ、と思い。
どちらも、もういない。
井上ひさし と つかこうへい の家である。
そこで今、やれている幸せ。とある種の責任。
しっかりやらなきゃイカン。
そんなすごい家に、居候させてもらっているのだ。
つかの頃
厚木の高校生が、お年玉をはたいてお金を作り、
放課後に、決死の覚悟で大きな川をふたつ、相模川と多摩川と、を越えて
新宿の紀伊國屋ホールに来て
補助席でもない階段に座って、一字一句も聞き漏らすまいと、食い入るように舞台を観ていた。
今はもう補助席も出せないルールになったけど、あの頃は、隙間がある限り、お客さんは詰め込まれたモノだ。
でもそれでヨカッタ。
そしてその熱狂のなかで、あんなこと自分もやってみたいと思い始めた。
あの頃、わたしのなかで起きたことは、本当に一期一会の、大切なことだった。
最近、若者に話す機会が多い。
俳優とか声優になりたいという若者たち。
でも
なぜか、そういう人たちが、芝居を見ていない、映画も見ていない、本も読まない、ライブにも行っていない。
それで何をやるつもりなんだ。
携帯とか、洋服とかでお金がかかる。一人暮らしは大変だ
バイトしなきゃいけない。
そりゃ分かる。
しかしな、なによりも表現者になりたい人間が、そういうものに支払う順位を下げてどうするんだ。
一番大事なモノに、価値をおかなくてどうする。
未だかつて、若者が裕福だった時代なんてないぞ。
あっても、それは不幸な時代だ。
若者は、メシを抜いて本を読み、着たきりのぼろい洋服を恥もせずに、芝居や映画を見てまわり、
口からツバを飛ばして、何日でもそれに付いて語りあう。
それが仕事だし、特権でもあるはずだ。
そしてそういう若者たちや、親父やオバハンになっても、そういうハートを持ち続けた人々が集っていたのが
紀伊國屋ホールなのだ。
初日のロビー乾杯で
紀伊國屋の方が、
ここは横内さんの家でもあるのですから
なんて言って下さった。
確かに、そんなワタシも、もう20年以上、ここで作品を上演し続けている。
前に六角が良いことを言った。
この劇場には、オレたちは守られてるから、と。
ここでやると、なぜか上手くいく、
それは本当だ。
僕たちのターニングポイント、エポックメイキングなことはいつもここで起きている。
この公演もそういう公演になる予定。
今日から日曜まで、まだお席有ります。
ただ日にちによっては、残りも少なくなっているので、ご予約はお早めに。
では
劇場でお会いしましょう。