力の限り
チカラを使い果たす、という言葉があって、人は頻繁にそういう気分になるけれど
実際、精も根も尽き果てる ということは、実はそうそうあるものではない。
人間は、理論上は百メートルを、7秒ぐらいで走れるが、安全装置が働いて、肉体にブレーキがかかるとも言われている。
無意識の肉体であってもそうなので、痛みや苦しみを感じる、精神に至っては、更にエンジンブレーキは強いと思われる。
だから、チカラの限りやれ、とか、やってます、という表現に対する時、
我々はまあ、話半分で受け取るのだけど
毎年の、ラブ×3 は本当に力の限りである。
会場がすみだパークに移って、若者たちの姿が、より間近に見られるようになって、その感が、増している。
今年も、チカラの限りであった。
時間がなくて、やり切れてないところはあるにしても、今の時点でのすべてが、そこにあったと思う。
その姿には、15回、立ち会ってきた、私も、今なお、率直に胸打たれる。
そして
最近、感じるようになってきた、若い っていいねえという実感。
まだまだ、なんだけど、その未完成に、未来という宝がある。
これから彼らは、まだ、あんなことや、こんなことの数々を体験してゆくのだろうなあ、と
想像するだけで、その先に待ち受けるものの、彩りに心躍るものがある。
たとえ、苦境や逆境が、そのなかにあるとしてもだ、
研究所の卒業生たちが、大勢、見に来る。
今はもう、芝居から離れている者もいる。
扉座の公演には現れなくても、ここには来るという者もいる。
また、ずーっと来なかったのに、ふいに戻ってくるように、姿を見せる者もいる。
いろんな事情があるだろうけど。
それぞれに今の、自分の位置を、確認しにきているのだと思う。
人生の、ランドマークとなった、らぶ×3 を数年ぶりに見ることによって。
それは、チカラの限りを尽くして、創り上げた、座標軸なのだ。
そこからどれぐらい離れたか、どのぐらいの場所に今、自分が辿り着いているのか、迷い込んでいるのか。
それを示してくれる、羅針盤。もしくは古地図。
ラブ×3 のなかのシーンのいくつかは、何年も繰り返してやる。定型モノ がある。
それらは変えてはならぬと、そこだけは、私が命令的に指示している。
これは今年一年だけの地図ではないのだ。
そこを冒険した、たくさんの若者たちが、少しずつ描き足していった地図なのだ。
彼らはお互いに、知り合っているわけではないが、時を超えて、
出会い、影響し合っている。
劇団という場所は、そういう場所でもあるのだと思う。
今日、らぶ×3、15 の千秋楽。
チカラの限り、を見届ける。