スーパー歌舞伎Ⅱ ~ いとしの儚

 いつの間にか、巷では『ワンピース歌舞伎』と呼ばれはじめている。

 公開前、正直に言って耳に入って来るのは、そんなことやる意味あるのか、とか。大失敗以外の結末はなかろう、という感じの声ばかりだった気がする。

 被害妄想的に言うならば
 失敗を楽しみにされていた、みたいな。

 もちろん周囲の人たちは、励ましてくれてもいたけど
 大変だねえ、という言葉の中に、すでに何か、慰め的なニュアンスがあったりしたものよ。
 これはこれで不安が増してた。
 まだ始まってねえのに、慰められてんぜ、オイ……

 それほど際物的な扱いを受けていた、スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』の船出。

 まあ前評判なんか、知ったこっちゃねえぜ、と開き直っていたものの、何せ公演の規模が大きいので、責任的なプレッシャーは、大きかった。

 初夏の頃、長い打合せで疲れた帰りがけ、若き猿之助さんと銀座まで歩いてて
 大丈夫かね、これ?
 と思わず呟いた。
 誰よりも大きなものを背負って、不安なのは若座長のはずなのにね。
 何という暴言か。
 私は愚かで弱い凡人である。

 けれども、若座長はそんなこと意に帰さず、
 明るく軽ーい調子で、
 ま、なるようにしかなりませんよ。
 とサラリと言ったもんだ。
 
 その一言は、蒸し暑かった夏の夜に、サーッと吹き抜けた風のようで、
 そのまま蒸し暑い闇に沈みそうだった私の気分をとても軽くしてくれたナ。

 この文字だけだと、なんか投げやりな一言のようだけど
 
 声の響きが、とても明るくて、涼しい風のようだった。

 そうだね、俺一人が何か背負う訳じゃなし、みんなで取り掛かるんだものね。
 一回りも違う若座長の、腹の座わり具合がとても頼もしかったものよ。

 とはいえ、不安は消えなかった。
 稽古は実質4週間しかないし。(それでも歌舞伎としては異例の長稽古だが)
 やるべきことは満載だし。 
   
 しかし、稽古に突入して5日も経たぬ頃か。
 何か、意外なほどスルスルと段取りがついてしまって(当然、ここに至るまでに何度も机上のプランは打合せはしてるがな)、まだ役者が台本も離せぬまま、踊りや殺陣も未完のままながら、荒通しのようなことが出来てしまって。

 その時点で、たぶんいけるんじゃないかと、4代目も私も、スタッフも出演者も手応えを得たと思う。
 何か、自然に転がってるぜ。

 これは……
 なるようになる、と。
 
 確認しあった訳ではない。
 しかし確かに、追い風が吹き込んで、海路が拓けたという感じがしたのだ。

 この作品、間違っても大失敗はなく、
 むしろ前評判を覆す、形勢大逆転も起こりうる、と。
 
 猿之助さんは演出席にいて、
 ルフィもハンコックも、代役だし。
 知らぬ人が見たら、まだ何にもできてないじゃん、ダメダメじゃんとしか見えなかったと思うが
 そこは長年やってきている経験で、我々には分かる手応えがあるのだ。

 だから実は、結構前から、これはダイジョウブだと確信を持っていた。
 そして、稽古が進むうちに、
 早くお客さんにお見せしたいと思い始めた。
 稽古場に笑いが絶えず、期待の気分が重圧を凌駕していった。

 そりゃ、これが気に食わない人や、許せないなんていう人もいるだろう。
 どうしたって、ワンピースの魅力のすべてを汲み取ることなんて不可能だし、歌舞伎役者が未だご披露したことのない、不思議なことをたくさんしてるし。
 怒る人、嘆く人もいるだろう。

 でも、創った我々は胸を張り、自信を持って、公演を続けられる。
 そしてこれがとても重要なんだけど、それぞれが身近の大事な人たちに見せたい、見て貰いたいと思えるものになったと思う。
 ワンピースや歌舞伎ファンじゃない、家族とか友人とかにも、ぜひ見て欲しい、とね。
  
 当然、大変だった。(今も大変!あれだけのこと毎日、二回もやるんだから!)
 いろんなプロが、それぞれに100パーセントの仕事をして、やっと開けた初日である。
 私のそこそこ長い経験でも、10年に一度と言って良いと思う、大事業。
 役者たちはここからがものすごーーく大変な長旅なんだけど、

 我らスタッフは、心からお互いの仕事を称え合い、お客様の熱い拍手を聞いたのだった。
 それぞれにプロだから、出来て当然の顔をしてて
 そんなこと一言も言い合わないんだけどな。
 
 おつかれさま。

 その一言の響き具合で分かるんだ。
 その成果は、来月まで新橋演舞場でやってます。お蔭様で、少し安めのお席は完売で、ちとお高いお席しか残ってないようですが、ご都合宜しければぜひ!
 
 そして今、私は扉座に戻り、
 15年ぶりの『いとしの儚』の演出に取り掛かっている。

 90年ぐらいから、10年ちょっと、私はずっと
 三代目猿之助のスーパー歌舞伎の脚本書きと、扉座の作品創りとを、大きな両輪として、活動してきた。
 
 久しぶりにその感覚で、劇団に帰って来た。

 大きな大きな公演に関わった直後だからこそ
 小劇場とか、劇団というものの、味わいに気づく部分がある。

 今年最後の作品創り。
 愛しみ、大事に仕上げようと、思っている。

 扉座もいつになく、チケットが売れております。
 演舞場よりずっとお安くなっています!

 ご予約はお早めに。
 29日から、座高円寺で8日まで。
 11月21日、22日、厚木市文化会館での公演です!

 
  
  
 





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