神奈川県 黒岩知事のこと 権力と文化

横浜の桜木町に 県立青少年センターという施設がある。
海側ではなく、山側に、紅葉坂と言う急な坂を上った先だ。
神奈川の高校演劇では、県大会が半世紀以上開催されている、聖地だ。

私も厚木高校演劇部として、処女作『山椒魚だぞ!』で、県大会出場を果たした。
この時に、岡森も六角も出てたから、我ながら驚くのである。
でもそれ以上に、この場所が私にとって、忘れがたいのは、ここでつかこうへい事務所の
『熱海殺人事件』を見たことである。
もしその出会いがなかったら、芝居書きなんて、そんな仕事がこの世にあることさえ知らずに生きたかもしれない。
まあ、ここら辺のとこは何度も語ったので、割愛する。

六年ほど前、神奈川県に黒岩知事が就任して、知事が文化、特に舞台芸術を柱にして街の活性化等を進めたいと言う意向を示し、そのための委員を選出して、文化戦略会議みたいなものを定期的に開いた。
私もそこに呼ばれて、いろいろ意見など述べさせて貰った。

その時、そこで黒岩知事に真っ先にお願いしたのが、青少年センターの存続であった。
KAAT が出来て、青少年センター不要説が幾たびも議論され、実際、当時、センターは文化施設と言うよりも巨大な公民館と化していた。千席近い客席に、セリや回り舞台まで完備した、出来た当時は日本でも有数の演劇ホールと言われていた劇場なのに、まともな舞台芸術作品が上演されることが、ごくまれな忘れられた場所になっていたのだ。
もう役割は終えただろう、と言われていた、まだまだ使えるのに!

劇場って、古びれば古びるほど、むしろ趣深く作品を包み込む場所だ。
これは演劇人なら、きっと共感してくれるよね。
きっと、劇場という場所が、それまでの名演や良きセリフ、音、汗や涙を吸い取って、
輝いていくものだからだろう。

そもそも管轄も青少年課であり、文化課とは別の考えで運営もされていた。
にしても、あまりにもったいなかった。そして、もしここがなくなったら、
長く長く続けられて来た、高校演劇の講習会や県大会が今後どうなるか。
とても心配な状況だった。

知事はすぐに視察して下さり、まず存続を決めて、運営の在り方、活性化などに取り組んで下さった。

今は、管轄も文化課に替わり、元世田谷パブリックにいた芸術専門の部長も常勤している。
そんな改変には当然、反対意見もあったと思う。科学部とかもそこにはいて、実験室などもあったたから。かつてはプラネタリウムもあったのだ。でも、それらもほぼ、閑散とした状況だったが……
ともあれ、知事は劇的に変えてくれたのだ。
多目的室という部屋もブラックボックス化して、小スタジオとし、しかもかなりの日数を無料で提供するような、劇団支援も始まった。

相鉄本多劇場がなくなった後の、横浜演劇界の一つの支えに今はなっている。

また、高校生以上の若者を集めて、演技と歌とダンスのレッスンをして次世代のパフォーマーを育成する
マグカル・パフォーミングアーツ・アカデミーを5年前からスタートさせ、毎年8月にはホールを使っての本公演をするようになった。
このアカデミーの運営には私と扉座が関わって進めている。

ついでに今、ホールの入り口の辺りのところを改修中で、隣接する音楽堂と合わせてアートセンターとしての復活が進んでいる。

知事に呼ばれて以来、毎年、何かが劇的に変化して、芸術環境が整ってゆく。
もちろん、批判もあるだろう。何かが浮かぶ時には、きっと何かが沈んでいるから。

しかし、例えばこのホールひとつとっても、5年前に潰していれば、それまでだった。
単に思い出の地になっただろう。
でも、こうして心を込めて、手を入れて、人を集めて賑わいを作っていけば
廃墟になりかけていた場所も、甦る。甦る以上に、成長する。

月末は、劇団四季に貸してて使えないKAATの替わりに、ここを上演場所として、KAATの大掛かりなプロデュース作品が上演される。
使い勝手が良く、長く舞台稽古も出来るので、助かると言う声も聞いた。

劇場もさぞ、うれしいことだろうよ。

たった一人の知事が、舞台芸術に肩入れしたら、こんなにいろんなことが実現する。
それは権力が使われたと言えば、そうとも言えるものだろう。
しかし、文化の大切さ、芸術の意義、そういうものがなかなか理解されない、口では言っても肝心の金が出ない、常に経済対策の後回しにされる。
そんな情けない思いをし続けて来た我々にとっては、間違いなく喜びである。
もちろん、税金が投入されるんだから、それに見合う価値を我々も生んで行かなきゃいけない。

でもね、それは目に見える数字じゃないから。そこを求めたら、一瞬で消えるものだから。
黒岩知事は、ご自身でもミュージカルのプロデュースに関わっていたような方だから、そこのところをよく了解しておられる。

ほんとうに大切なモノは、目には見えないのだよ。

政治家にそれを求めるのは、本当に難しいね。
だからこそ、私はこの出会いに深く感謝する。

もう一つ、神奈川県で大きく変わることがある。
21年度から、神奈川総合高校に、舞台芸術科が新設されるのだ。
これも5年前の会議から計画がスタートしたこと。

教育の場に演劇を。なんで音楽や美術はあるのに、演劇の授業がないんだ!
これもまた、積年に渡る演劇界の叫びであった。

左翼運動と一体になっていた演劇活動や、反権力を信条とするアングラ演劇人たちは
教育の場に入ることにアレルギーがあったのかもしれないが
広く演劇とっては、学校教育と乖離することは、間違いなく損失だった。

だって演劇は、単に騒乱や反抗の道具ではないんだから。ペンが武器になるように、時に凄まじい破壊力を持ち、社会も変えるけど。
人の傷を癒したり、硬直した考えを和らげたり、何よりも元気をくれたり
薬のような役目だって果たすんだよ。

劇薬でもあり、妙薬でもあるんだ。

今私が、信頼できる人たちと心血注いでやっているマグカル・アカデミーが
その高校の卒業生たちの受け皿の一つになればいいなと、思っている。

そしてマグカルアカデミーが本当にお客さんを集められる公演の打てる集団になれば。

知事が理想とする、宝塚の新しい版みたいなものにもなるんじゃないか。

私は新国立劇場の養成所を批判している。
高い税金使っておきながら、扉座養成所以上の値打ちをちゃんと生み出せているのか、と。
それは、新国が卒業生の行き場をひとつも用意していないからだ。

ここの卒業生たちは、大手芸能事務所所属となることが成功となっている。
税金使って、それでいいのか。

ちなみに扉座研究所は、扉座所属となることが、一つの目標である。
そして所属となってから、真の俳優修業が始まると位置付けている。
だって芝居は舞台に立って、そこから学ぶものだから。

芸能事務所で、何を学ぶのだね?
劇団も持たずに、何の養成なのかと。
数年の研修で、ものになるほど役者の道が簡単じゃないことは、演劇人の常識なのに。
なんのごまかしで、続けているんだ、と。

人に、そう言っている以上、この神奈川では、その高校を出て、見込みがある若者
意志を持つ者は、アカデミーで引き取って、デビューさせる。
そんな道筋が出来たらいいな。

普通ならそろそろ引退する年に、またこんなこと始めてて
大丈夫か、俺。
だけど、こういうことしてるうちに死ねたら、それ以上の幸せはないよな。
 





















 









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